心気症と学会批判者の関係

1年も更新が途切れていました。
経過報告をすると、赤ちゃんは1歳3ヶ月になりました。どこにも問題なくすくすくと育っています

そんな「明るい」挨拶を書いてくれているブログを見つけました。
とても素敵な話題に満ちた晴れ晴れとしたブログです…(‘-‘*)

メンタルのほうは、一時期どん底だったときに比べるとだいぶよくなっています。
ただどうしようもない寂しさと、人生のコレジャナイ感

ん…?
チョイと様子がおかしいかな…?

 心気症の学会2世が自分の心を取り戻したいんだってよ…「お久しぶりです…

〇   〇   〇

創価学会の組織」から虐められて、最終的に精神破綻をきしたと言う元学会員は、この世に結構な数存在しています。
彼等「だけ」の主張を聞いてみると、創価学会とはトンでも発憤なカルト集団だ、と言う気持ちになります。

近年そんな都市伝説がネットの裏道、闇の中にはワンサと溢れかえっています。
そして、学会の話題に何も興味もなかった人達までもがその種の情報に「洗脳」されてしまって、一度も学会に触れたこともないくせに「創価学会って…」という悪感情を知らず知らずのうちに溜め込んでしまうのです。
真面目な学会員にとっては、なんともはや…のそんな世の中になっています。

…でも、一体何故なんでしょう?
やっぱり学会批判者が話す通りの、そんな酷い宗教団体なんでしょうか…創価学会って。
頭を抱えてしまいます…。

ブログの彼女は学会退転者で、且つ「心気症」の人間です。
心気症」とは、医療系ブログによるとこんな症状です。

心気症とは、自分が何かしら重篤な病気にかかっているのではないかと思い込み、強い不安が生じる精神疾患

要するに、自分が病気にかかっているんだと自分自身に「暗示(自己洗脳)」をかけ続けていると言う、そんな精神状態(疾患)と言う事の様です。

確かに精神疾患の一つではあるものの、しかしチョイと冷静に眺めてみると、何もないところに火を付けて、結果大騒ぎだけをしているそんな身勝手な人間だとも言えます。
別の言葉で言うと「マッチポンプ」。

個人的な経験上ですが、学会批判者にはこの種の人間がとても多い様に感じます。
慣れていないと若干解り辛いのですが、その手のブログを読んでみると、ある種の「偏執的な表現法」を多用しているそんな記事が多いのに気付くのです。
まあ、「身勝手過ぎる」という言い方も出来そうですが…。

そんな彼女が創価学会を批判します。
精神的に正常ではない人間の批判がどれだけ「過激な」なものになるかは、誰でも想像できます。

それ(心気症)をどうにかしようと思って心理学を勉強することに決めました

学会批判者の「なれの果て」が、最終的に「心理学」に頼ってしまうと言う話も多々目にします。
私も、学生時代に「心理学」を個人的に勉強しましたから心理学自体を否定している訳ではありませんが、しかしこの学問は人間の「傾向性」を「知ろう」とするには非常に有効なものですけども、自身の生命の方向や生き方を「変更する」と言う事には利用できないのです。

非常に簡単な例として話すと、「パチンコ依存症」や「アルコール依存症」の人に対していくら心理学的な解釈を当人に話してみたところで、全く何の意味もないと言うそんな話は、それこそ星の数程存在しています。

自分は違う!」と主張する人は、それはそれで結構ですが、人生の方向をより良い方に向ける事の難しさは、これは「言葉で納得」など到底出来るものではないのです。

〇   〇   〇

私の心のトラウマを知りたいし、自己肯定感を高めたい。
私になにができるか知りたいし、もっと人生を楽しく生きたい。そして周りの人をもっと大切にしたい。
自分勝手な生き方を変えたいと思いました。
そして、依存的な自分をどうにかして自立に持っていきたい。
カウンセリングを受けたり、本を読んだりワークをやったりしようかと思っています

この話自体はとても素敵な内容のものですけども、けれどもこの問題を「心理学的」に解決しようと本気で思っているのであれば、彼女はやはり単なる「心気症の患者」の一人でしかありません。

心気症は精神疾患の一つです。
その事を自分で本気で認め、そして精神科に通うことが彼女の一番の近道なのです。

学会批判者の傾向性として、自分自身の事を本気で見つめようとしない人が多すぎます。
今の自分の「不幸」を全て他人(創価学会)の所為にしようとする人が、ゴマンと存在しています。
その「事実」を事実として本気で認識すべき、そんな時代に入っているのですけども…さて。


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Author: 乾河原

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