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その後の彼女の人生

コメントくれたてんてこさん(もちろん覚えてますよ!)創価瓦解さん、ありがとうございました。
おかげさまで何事も無く今を過ごせています。これで本当の意味で終わったんだなと、すごくホッとしています

ホッと」しながら彼女はこう話します。

ブログの彼女は、学会の彼氏とのテンヤワンヤの生活を一年前に無事に終えて、今はすっかり堅気(&学会批判)の生活をエンジョイしています。
彼女にとって、彼と一緒に生きていたひとときを思い出すと一抹の哀愁もありますが、やはり創価学会と言う極悪の軛(くびき)から離れられてやっと普通に呼吸の出来る生活になったと言う喜びの方が勝っています…。

バリバリの学会員と暴力的な私…「あーあ」

〇   〇   〇

ホント恨みしか残ってない相手だなーとか改めて思ったり

でもやはり、彼との思い出は「恨み」しかなかったような気がします。
そんな私を「てんてこ」さんや「創価瓦解」さん達が真剣に応援してくれている様に感じます。
学会批判者達の本気の「連帯感」や「優しさ」が身に染みる今日この頃です…ね。

いやー、今思い出してもホントムカつくなーw。なんで(元彼は)あんな宗教(創価学会なんか)やってんだか、マジでわからない。
まぁ、そんなの人の自由ですからいいんですけど

日本国は、お隣の何処かの国とは違って宗教の自由は完全に保証されていますから、仕方の無い話ではあります。
でも、星の数程宗教の存在するこの日本で、何故に学会だけに対してそんな嫌悪感を持つのかそこが不思議に思えますが、彼女自身はその「原因」に関しては特に疑問は持っていないようです。

ネット上で執拗極まりなく繰り返される学会批判。
宗教音痴の人間にとってはその繰り返しの言葉が、泥水のように心の中に沈殿してきて、結局彼女のようなこう言う学会偏見感覚になってしまうのですけど、そう言う話も学会批判者にとっては馬の耳に念仏、学会批判者に題目…。

学会(宗教)なんて入らないでも、人間やろうと思ったらやれるもんだと思うんだけどな。
今思ってもやっぱり言い訳にしか聞こえないもん。

まぁ、もう関係ないから別にいいんすけどねwww

本気の本気の「人生の帰路」に立った時に本当の宗教観が問われますが、彼女たちの様な学会批判者達はその経験も自覚も全くありません。
単なる学会批判者であればそれも当然です。
しかし、学会「退転者」達に関しては、少なくとも学会員であった時代はそう言う「」は聞いてはいたはずなんですが、やはりこれも馬の耳に念仏だったようです。

一番の解決法は(創価学会には決して)関わらない事です。
もうどうにもならないという方は、一度「関わらない」という方法をとってみて下さいね。

さ、今度こそ最後の更新でしょう。

創価学会がなくなる事を(切に)願っています

こう言い残して彼女は去って行きました。
この手のゴミブログが一つでも閉鎖される事はいい事なんでしょうから、やはり喜ぶべきです。

〇   〇   〇

創価学会は「体験」の宗教です。
念仏や真言、更にはキリスト教のように「安らぎ」だけしかない宗教とは一線を画したものです。
彼等学会批判者達「体験否定」の人間達に取っての創価学会とは、恨みの感情しか出てこないのでしょうね。

でも、半年、一年、三年…。
その時、彼女たちはどんな人生帰路に立っているのでしょうか…?
個人的にも興味ある学会批判者達のその後の人生です。


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