メニュー 閉じる

HCNの昔話

令和令和3年11月27日(土)

…かなり昔の話です。

今はこの名前を使用する人も少なくなっているかも知れませんが、私が「漫画研究会」(漫研)と言う漫画好きの人間が集まったサークルを、一見派手、でも意外に実態は暗~く地味に運営していた時に、ある仲間から北海道でコミケをやってみようと言う話が持ち上がりました。

コミケ」とはコミックマーケットの略称です。
漫画や小説等のミニコミ誌を、同好の志を集めて売ったり買ったりするそんな楽しげなイベントです。
言葉だけは聞いた人も居るのではないかとは思いますが、…それです。

当時東京でのコミケの広がりは、絶大なものがありました。
しかし、北海道の漫画マニアの間でのその種のイベントは、確かに皆かなりの憧れはあったものの、誰も自分達主催で開催しようなどというアクティブな人は存在していなかった次代でした。

当時の私は、数グループの漫研の会長さんと個人的なお付き合いがあって、その中でもかなり活動的、且つ知識豊富な会長さんからのそんなコミケ開催の誘いだったのです。
私自身も、東京コミケの話は遠くながら聞いてはいたものの、実際にそれに手を付けようという気持ちはほぼ皆無の状態でしたけど、そんな話を実際に受けて見ると何となく面白そうに思えてきて、じゃあついでに北海道全体の「漫研連合会」も作って、そしてその連中を中心に「東京コミケ的」なイベントを開催してみようか、と言う事になったのです。

名称は「北海道コミックネットワーク」(HCN)に決まりました。そして、イベント名は「コミックフェスティバル」(コミフェス)となりました。
その時点から文字通りの北海道・札幌完全初の「漫研連合/北海道コミケ」開催に向けての活動が始まったのです。

〇   〇   〇

当時の漫研の活動の中心はというと、会員が作ったそれぞれの漫画原稿を文字通り直接綴じて一冊の漫画本にして会員に閲覧・回覧したり、ガリ版、又は青コピィ、更に金をかけたものではゼロックスコピィ等でのミニコミ情報誌を作って配布する、と言う今思えば時代錯誤的な活動様式でした。
また、定期的に喫茶店か何処かに皆で集まって雑談や合作相談、更にはミニコミ誌の内容等を話し合ったりもしていました。

他の会も同じような感じだったと思いますが、そんな中でも数は非常に少ないものの、資金力豊富なグループは、本物の印刷本を作って書店や喫茶店で販売していた漫研も存在はしていました。
そう言う漫研は、我々貧乏グループにとっては当に憧れの存在でした…。

因みに、描いた原稿を直接綴じた本のことを「肉筆回覧誌」と言います。今はそんな超レトロなものは完全絶滅しているはずですね……(‘-‘*)
現在では殆どの漫画サークルや漫画家は、デジタル作成・出稿が常識になりつつありますので、そんな古代の遺物的原稿など見たこともない人も多くなっては居るでしょう。
…まあ、そう言う絶滅危惧種的経験をしていた当の私も、今はもう完全デジタル派になっていますが。

ただついでに話すと、肉筆誌の良さは、描かれた原稿の絵の「重さ」や「深さ」を直接肌で感じることが出来る、と言う事です。
デジタル画には重さも厚みも全くありませんし、色の濃淡を感じることも無いのです。
漫画やイラストの本物の原稿を見る機会は、漫画に関連していた人以外は居ないでしょうから、まあこれも、昔話の話題の一つとして消えていくのでしょうか…。

さてHCNの話に戻ります…。
基本として北海道全域を活動の対象にしますので、それぞれの地方で漫画活動をしている漫研から寄せられたミニコミ誌や原稿を、我々がコミフェスを利用して代わりに展示や販売をすると言うものです。
札幌自体の漫研の数も結構なものでしたので、新聞や知り合い同士の連絡で、その当時としてはかなりな数の漫画組織が手を挙げてくれました。

で、コミフェスは4プラ、大谷会館、市民会館等での開催でした。
大谷会館での開催では、ジュース販売や原稿の即売会等で盛り上がったことを思い出しますし、その頃少しずつ出てきたコスプレイヤーも何人かの参加者が居たと言う事も記憶に残っています。
会場費は、全売り上げの何割という感じで会場運営者に払っていました。

…今は昔の、そんな想い出になります。

2021年現在での素人漫画家やイラストレイター達の活動の場は、北海道コミティア(北海道COMITIA)がその場となっています。
勿論本場のコミケに参加するサークルも居ることは居ますが、やはり直近の地元での活動は魅力あるものですから…。

COMITIAは全国で行われている展示即売会のことですが、全体を統轄する組織ではありません。
一応名前は「〇〇COMITIA」と各地方で称していますが、それぞれのイベントはほぼ完全に独立したものです。
北海道は「地方COMITIA」という分類に分けられています。
現在のこのイベントを知るにつけ、上にお話しした「コミフェス」の何と貧弱だったことが思い知らされます……(‘-‘*)…。

〇   〇   〇

HCNは短期活動組織でした。
まあ、個人的な想いだけでやり始めて、個人の範囲でイベント開催をやっていた訳ですから、数年でポシャった事も、まあ当然だとは言えます。
東京コミケのように地に足を踏ん張って十年単位の活動をしていれば、若しかしてかなりな歴史を作ることも出来たかも知れませんが、如何せん浮かれた連中が浮かれたまま開催していただけのそんな組織でしたので、結局は大した長続きもしなかった訳です…。

思い出話」というか、そんな「オタク話」の一幕でした…。


関連記事

絵の練習のこと

COMITIA

イラストエッセイ①

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。