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現証をガン無視する宗門の人々

令和3年11月22日(月)

ある法華講員(日蓮正宗信徒)とブログ上で対話をしました。
その感想と言うか、法華講のバックに存在している宗門僧侶達の余りにもいい加減さにウンザリした、そんな思いをここに記してみます。

〇   〇   〇

対話相手の法華講の彼(女)は、学会退転者とのこと。
如何にも退転者という感じの彼は、兎に角自分の思っていることだけを話し続けます。
彼がいつ頃退転したのかは定かではありませんけど、対話初っぱなから大聖人の御書の文章を、それこそ切り貼り文的に延々と書きまくってきました。
普通の日本語での対話をしましょう」と言う私の願いも完全に無視して、更に更におっ被せてくるように怨念的に延々延々と……。

何かに取り憑かれたような彼の御書の文章の数々を読みながら、ああこれは背後に宗門坊主がいるな…と直感しました。

カルト組織の常識として、組織員は自分では何も考えられなくなる、と言う事があります。
組織の上から言われた通りの言葉しか話せなくなる宗門の雰囲気の中で現実無視の教育を受けて、それをそのまま外部に対して発散しまくっていると言う、そんな感じの「彼との対話」でした。

こちらが真剣に、論理的にどんなに頑張って話そうとも全く聞く耳を持っていません。
こちらが話せば話す程に彼は、自分の世界の話「のみ」をただひたすら書き続けてくるだけなのです。
当然そんな彼は、私が彼に対しての反論を加えても、その論理に対しての意味のある話は一切皆無。

組織分離した時点で学会は、宗門を「邪宗」と決めつけました。
その時個人的に私は「だけど、さて、それもどうなんだろうな…」と言う感想を持ってはいましたが、でも今ははっきり言えます。
宗門・法華講は真の「邪宗」「カルト宗教」なんだ、と。

彼等は「普通の話」が出来ません。
まともな日本語も理解出来ないし、また話す気持ちもないようです。

日蓮仏法の広宣流布は、日本に於いては先ず「日本語」を通じて行われるものなんだと、個人的には考えています。
然るに彼等は、自分達は正当中の正当の日蓮仏法信者だと言い張っていますが、その中身となると、まともな日本語も使う事の出来ない人間の集まりなのです。
出来る事は「学会編集の御書」からの切り文を並べ立てるのみ…。

対話の最後で、彼に宗門の広宣流布の「現在の成果」を聞きました。
彼曰く、「自分で調べろ」。
そんな素敵な「答え」を残して、彼は濃霧の中に消えていきました……。

〇   〇   〇

日蓮正宗が創価学会を切った時に、法華講員の数は、確か数十万人(大体3~40万人)だと記憶しています。
現在の法華講(宗門)の信徒数は80万人程のようです。
30年間で宗門の広布の成果が、2倍程。
…要するに、これが彼等の主張する「正当な日蓮仏法」における世界への広がりのその「真実」「現実」なのです。

しかし、どんな話をしようと、どれだけの理屈を捏ねようとも「現実」を変える事は出来ません。
何を話すかではなく、何を成したかを考えるべきですが、宗門系の人間はその一番大事なことが理解不能の状態になっているのです。
思想(考え方)の悪化は、即行動の悪化に繋がります。

邪宗」とはそう言う意味の事なのです。


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