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御本尊を信じ抜く闘い-Ⅲ

令和3年11月2日(火)

御本尊を信じ抜く闘い-Ⅱ」から続きます

先週温泉に入ってきました。
色々な気疲れもあって、それこそ何度も何度も暖かいお湯を頂いてきて、で、ついでに「湯当たり」も貰ってきました。
数日間ほぼ風邪引き状態となったのです。症状は風邪にそっくり、でも熱は出てくれない…そんな拷問のような中途半端な酷い体調が続いたのです。
…やっと4日目頃に体調復旧。

やっと普通の生活で踏ん張れるようになった今日この頃、皆さんは如何お過ごしでしょうか…(‘-‘*);

〇   〇   〇

そんなこんなの経過も有ってでしょうか、今回お話ししている自分にとって結構重要な信心の事項…今は何だか落ち着いてしまった様です。「時間」が解決したと言う、そんな単純にものでもないのですが…。
Ⅰ、Ⅱでもお話ししたように、かなりな悩みの時間と深さもあったことは確かなので、まあ、多分それらが合成された結果の、その一つの結果なんでしょう。

今の自分の結論的気持ちを簡単に記すと、今までと同様「普通」に仕事をしていく、そんな感じです…。
そして、一つの大きな「信心の闘いの山」を一つ乗り越えた、と言うのがもう一つの正直な感想の落ち着き先です。
別の言い方をすると、例の如くのいつもの「三障四魔」のゴタゴタを、今回も乗り切る事が出来た、とも。

信心生活上で出てくる三障四魔群の難儀さは、個人的にも毎回ドキツいものです。いつもいつも「自分の一番弱いところ」に突き刺さってくる訳ですからね。
精神的にもギリギリになるまでそいつが闘いを挑んできて、若干大袈裟に話すと「生か死か…」、俗的に言うと「会社を辞めるか、でなければこの場に止(とど)まるか…」という場所まで迫ってくることが殆(ほとん)どです。
奴ら三障四魔の、例の如くのエゲツさです…。

…今回もそんな感じでした。

信心」というものが自分の中で薄かった時期は、やはり簡単に「辞める」という結論に至っていたものですが、この頃は流石にそんな軽薄な道は取ることはなくなりました。
信心を「自身の中心」に置き、そして「当問題を真正面」から見据え、そして問題の解決方法を探って行くようになったのです。
まあ、普通の学会員の信心が出来るようになったと言う、そんな「落ち」…。
今回も、極々小さな「三障四魔」でしたが、何とか頑張り切れました。

〇   〇   〇

結果的に話すと、表題のようなそんな壮大な内容でもなかったものですけど、こう言う極小の山を次々と乗り越え続けていくと言うそのこと自体が、「学会信心」の強靱さの「方程式」なんだろうなと、この頃考えているのです。

山が「山脈」の場合は、聖教新聞や大百蓮華に載る話題になりますが、普通の「小山」であれば自分の胸のうちに留めるだけの話になります。
個人的に言えば、この信仰体験が、自身の中に存在している御本尊を信じ切る気持ちの「強化」になる、という事なのでしょう。
そう言う山々を日々乗り越えている人々が、この創価学会の中に何百万人と存在していると言う、その「事実」も本当に大事な事なんだろうとも思うのです。
学会の「真の強さ」って、そんな信仰体験を持った人々の「本気集団の強さ」なんでしょうね…。

私もその中の一人として、微々たる三障四魔軍ですが、又更に挑戦し続けていきたいと決意しているこの頃です。

…「御本尊を信じ抜く闘い-Ⅳ」に、若しかして続くかも


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