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よくわかる誤宗門の真実

「当サイトは、最新の出来事及び、創価学会真実の歴史、過去の指導などをまとめた、創価学会の本当の実態を紹介するサイトです。
サイトへのご質問、内部情報、組織の疑問、教義の疑問、脱会相談などお気軽に問い合わせください」

こう言う面白げな紹介文で、学会批判者の一本釣りを考えるサイトが存在します。

よくわかる創価学会…創価学会の反核運動(実は反核兵器ではない創価学会/「核兵器廃絶」の根拠崩れる!!

本当の創価学会」を知っていると主張する、我らが某弱小宗門。その彼等有志か、または金で雇っただけのHP運営業者の運営する創価学会雑学サイトです。
創価学会の「真実の歴史」を紹介しながら、同時に「脱会相談」もして頂けるという、一粒で二つ三つ、そして四つも美味しい、そんなお徳用サイトです。

学会に疑問を持たれているそこのあなた、是非ご相談を…(‘-‘*)

〇   〇   〇

そんな面白おかしいサイトの中に、こんな記事がありました。

 (創価学会で主張している)「核兵器廃絶」の根拠崩れる!!
昭和32年9月8日、横浜・三ツ沢の陸上競技場において「若人の祭典」が開催。この折り、戸田会長が宣言した
「われわれ世界の民衆は…(以下皆さんご存じの話です)…私は主張するものであります」
は学会が掲げる反核・平和運動の原点となっている」

そして「がしかし」との言葉のあと、こんな話が続きます。

当の戸田会長自身は、昭和28年9月の牧口著の『価値論』補訂した際、全く逆の言葉を発言していた。
「譬えば原子核の分裂と云う事は今の科学に於ては最高のものであるが、この原子核分裂の定理は単なる学問として止まるものに非ずして、平和を守るための原子爆弾として行動化されている。」(『価値論』牧口常三郎 戸田城聖補訂)
この発言の時は、日本に原爆が投下された後であるだけに、戸田自身が本当に核兵器は絶対悪であることを意識していたとは思えない。
※なお、この『価値論』補訂は第三文明社が発行し、現在も手に入る書籍であるがゆえに、現在の池田創価学会も核兵器容認とも推測できる。その理由は、次に挙げる

広島、長崎原爆投下は、昭和20年8月6日と8月9日で、「価値論」の補訂が上述の通り昭和28年9月です。
そして、彼等の上の記事を信じれば、昭和32年9月8日の戸田先生の「原水爆禁止宣言」とかなりな齟齬を感じる話にはなります。
上の話を、理解し易いように簡易の年表にしてみます。

昭和20年8月…広島・長崎への原爆投下
昭和28年9月…創価学会の「価値論」補訂
昭和32年9月…戸田城聖先生の「原水爆禁止宣言」
~現在…創価学会の平和運動(含・反核運動)

…で、こう見てみると、学会の平和運動は「詐欺なのでは?」の彼等・弱小宗門の主張する話も、案外異とする訳には行かなくなりそうです。
彼等は兎に角この文言一件だけを持ってきて、結局創価学会は平和組織に非ず、との結論を下しています。(彼等だけではなく、その他大勢の学会批判系の人々もこの話を持ち寄って同様の主張をしている現実もあります)

さて、どう考えると、現在の学会の平和運動と戸田先生の原爆禁止宣言とを無理なく結びつけることが出来るのでしょうか…。
以下の話は、MonLinGen自身の考える、MonLinGen自身の結論ですので、そのつもりで読んで頂ければと考えます。

人間の思想の固定化は、どんな優秀な人、また天才でも、ある程度の「期間」が必要だと考えられます。
例えばアインシュタインの「相対性理論」は、先ず「特殊相対性理論」を基礎に考え出されました。あれだけの天才でも、5年ほどの思想の作り換えが必要だったのです。

戸田先生は数学の先生でもありました。(余り話題にはなりませんが、牧口先生は、当時世界でもトップクラスの地理の先生でした)
戸田先生の「譬えば原子核の分裂と云う事は云々…の説明は、先生の学者としての原子力の説明の言葉だと考えれば、そんなに違和感はなくなります。
原子力の原理は、当時ではトップレベル中のトップレベルの科学事項だった現実が存在しますので、戸田先生のこの説明も、その背景を置いて考えないとかなり矛盾感が出てきます。
学者としての論理的な説明文と平和運動家としてのそれは、やはり違ったものになったとしても余り攻められるべきものではないはずだと、私は考えます。

若干生活染みたものかも知れませんけど、例えばの話、私はSF小説が大好きで、特に今は戦争物に興味を持っています。
で、そのSF上での恒星間戦闘には、普通に「小型核ミサイル」類が唸るほど出てきて、そして恒星戦闘艦をドカンドカンと消滅させます。こう言う戦闘シーンは、読んでいても血湧き肉躍るものがあります。
またSF小説でなくても、今は映画での戦闘シーンでも核武装艦は普通に出てきますし、そう言う戦闘映像はやはり面白いものです。
さて、私は創価学会員でもありますので、読書や映画鑑賞から離れて普通の生活に戻ると、やはり「学会の平和運動」とは切っても切れない繋がりを持ってもいるのです。

戸田先生の「原水爆禁止宣言」と現在の学会の平和運動の「連続性」も、こう考えると完全解決とは言いませんが、普通に頷(うなず)けそうに思えます。

しかし、かの弱小宗門はそうは考えません。あくまでも創価学会と言うところは戦争賛美組織なんだと強弁します。

では、現在の創価学会はどうか?」

彼等はこう疑問を呈します。

どうだ!これで学会の悪は天下のさらしモノだ!!」と言わんばかりです。

池田体制後、学会はより反核運動を強め世界規模でその運動を行っている。
だが、その運動はことごとく天に向ってツバを吐くようなもので、決して核保有国の首脳に直訴することはしない。あくまで、ポーズ、宣伝利用としてとしか受け取れないものだ」

さて、この彼等のお言葉も、よく考えて見ると「現実」の矛盾が見え隠れしています。
創価学会は、彼等の主張は兎も角として、今現在、実際に世界平和の行動を続けています。この事は「創価学会の平和運動」を検索してみれば、「すげぇ!!」と言うほどの数の結果が出てきます。
これは「現実」の活動の実績なのです。
宣伝用」でも、更には「PR」でもないのですよ。

翻ってみて、彼等某弱小宗門の「実績」は…?
本気で彼等の行動を調べてみて、彼等弱小宗門の「行動結果」は…?
で、彼等の言動のその「巨大な差」は、どれ程…?
これは真剣に考察すべき、彼等の所行だと言えますが、さて、宗門系大好きのお方達のご感想は如何に…。

〇   〇   〇

「公明党は、こと政権に居座ることを優先させる中で、「核兵器廃絶」を捨て、〝集団的自衛権行使容認〟と同じで、口先だけの「核廃絶」であったことが明白であり、「平和」を偽装する悪質な政党と評価されるにいたりました。
毎年、核廃絶を世界に向かって訴えてきた池田名誉会長及び学会のアピールは、ウソだったのでしょうか」

記事の最後で「ウソだったのでしょうか」と、こう易しく疑問を呈します。
しかし、考えるべきは彼等の方だと思います。

政治は、いつの時代、何処の国でも相反する政党同士との「綱引きの結果」と言うのが歴史の常ですし、また「現実の在り方」とは、共産国家の如きのイデオロギー一本のユートピア論などでは決して対処できないのが、現実だと言えます。
この「事実」は、現実社会で数年程揉(も)まれた人間なら、どんなバカでも理解出来る「現実感覚」だと言えます。
彼等弱小宗門の御(おん)方々は、さて果たして普通の社会生活など、ただの一度でも経験した事があるのでしょうか……?

公明党は、確かに日蓮仏法哲学を政治の基礎理念としていますが、しかし同時に「現実の日本」の政治も動かしている政党なのです。
綱引き」の在り方は、彼等公明党にも適応されていますし、そもそも共産党の如くのイデオロギー一本槍の政治で、一体何が生まれるかどうかを考えて見れば、党の現実の実施政策はそんなに非難されるものでもないと感じる訳です。

こう言う意見には、確かに色々反論も出来るだろう事は言えます。
若しそう言う反対意見(特に宗門系の人から)がありましたら、ご一報お願いします。


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2件のコメント

  1. ピンバック:Ishipoteさんへの最後の通告 | MonLinGen

  2. パンダちゃん

    高橋篤史著『創価学会秘史』への所感(元創価大学文学部教授・宮田幸一氏)より。

    【現在の創価学会は戸田城聖の原水爆禁止の発言を重視しているが、戸田城聖補訂版『価値論』「第5章 価値の系統」「第6節 宗教と科学・道徳及び教育との関係」の中に、「例えば原子核の分裂と云う事は今の科学に於ては最高のものであるが、この原子核分裂の定理は単なる学問として止まるものに非ずして、平和を守るための原子爆弾として行動化されている」という、これに反すると思われる表現がある。牧口常三郎が原子爆弾についての情報を持っていたとは考えられないから、この部分は戦後補訂版を作成するときに、付け加えられた文であると推測できる。この文のルーツは何かを調べると、戸田城聖の「科学と宗教」という論文であることが分かる】
    http://hw001.spaaqs.ne.jp/miya33x/paper21takahashi.html

    戸田先生の巻頭言「科学と宗教」(昭和28年7月10日)
    https://ameblo.jp/kingdog136/entry-11908807320.html

    ※「平和を守るための原子爆弾として行動化されている」(戸田先生)
    「行動化」とは実際に行動に移してしまうこと。主語は原子爆弾を作った国(アメリカ)。
    「平和を守るための原子爆弾」というのは、原子爆弾を作った国の考えであり、戸田先生の考えではない。

    「原子爆弾はドイツから亡命したユダヤ人やイタリア人によって開発が進んだアメリカ合衆国が最初に成功した。開発は1942年からのマンハッタン計画で進められ、1945年7月16日にニューメキシコ州のアラモゴード軍事基地の近郊の砂漠で人類最初の原爆実験(トリニティ実験)が実行された」(ウィキペディア「原子爆弾」より)
    ※牧口先生は1944年(昭和19年)11月18日に死去。

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