メニュー 閉じる

Hey Hey Hey、おまえのことだよ

一番の敵は「自分の心の中にある欲」ってことで、オイラ的に、今年は何事も真剣にってことを自分に課すことにしてるわけで、真剣さの判断基準は、人にどう思われるかってことじゃなくて、自分がどう思うか?ってことなんですけども、自分に嘘をついてはいけない。みたいな感じ

こんな言葉を残したまま消えていった「ジョゼ・30代男が綴」っていたブログ…

Hey Hey Hey…金儲けのためなら何でもOK?-2005年8月~2006年5月(にて更新停止)

〇   〇   〇

上述の話は意外に真面なお言葉に感じます。しかし以下のブログ文章と対照してみると、かなり…凄く、いや完全に矛盾だらけの記事内容。

創価学会の活動家の頃は、そうじゃなかった。そうじゃなかったというか、創価学会の世界の中では、そうじゃない行動をとっていた。(心の中は全然違うわけで、だから結局、創価学会を辞めるわけで)

つまり、その他大勢存在している退転者同様、彼も学会時代は表の顔と裏の顔が180度違ったまま、そして自分と他人を完全に誤魔化したまま生活していたという、そんな何処にでも転がっている悲喜劇です。

やりたくない活動を、さも嬉しげにやっているように他人に対して見せつけたままの、そんな毎日。
疲れない訳はありません。
で、結局例の如く、自分勝手に精神破綻を起こしてしまい、そしてこれまた例の如く「責任」の全てを創価学会、自分の周りの人間に「転嫁」して、目出度く身勝手な「覚醒」…。

他の創価学会員の目を気にしてるような行動が多かった。(その方がみんなが喜ぶ!?)それに、創価学会の中では、そんな、他のカイインの目を意識する機会がやたら多いってのがある。
でも自分は醒めてるみたいな感じだろうか、違和感か

ブログの彼は自身の精神破綻の責任理由を、恥ずかしげもなくこう表現しています。

(その方がみんなが喜ぶ!?)

…の言い分が、彼の無責任な、退転者故(ゆえ)の責任のなすり方になっています。自意識過剰は退転者の選民意識なんだという事実をここに披露しています…が。

しかし、彼が思い込んでいる如きB員、地区員達は誰も「喜んで」はいません。
彼如きの半端そのものの信心しか持っていない会員の考えなど、地区部長や支部長クラスの信心深化のしっかりしている人間にとっては、まるで俎上(そじょう)にあるが如きに理解しています。
適当に煽(おだ)てているだけだと言う事を知らなかったのは、唯「」一人です。

ベタな言い方だけど、人が見ていないということはないのだ。自分がいるからだ。
人の目はごまかせても、自分の目だけは、決してごまかせないはずだ。だから、敵は自分の中にある欲だと思う

人の見てないところでもがんばれるかどうかが大事だ

彼は学会批判の反省を込めてか、又は自身の人生のいい加減さを強烈に猛省したのかは知ったことではありませんが、こんな、何処かで見たことのあるお言葉を残しています。

これは、表現方法は違うものの「学会指導」そのものです。

学会時代、彼は片耳のほんの一部分を使ってこの種の「指導」を聞いていたようです。
がしかし当然の事、彼は全くもってこの「指導」を自分の身には入れていませんでしたし、言うまでも無く「人の見ていないところでも頑張って」もいませんでした…。

やってたことはただ只管、自分と他人を誤魔化すことのみ。

裏で働いている人」に本当に感謝できる人間を育てるのが創価学会の教育理念です。これは学会草創期から現在まで全く変化はありません。
あるのは個々人の学会指導への「受け止め方」、唯それだけなのです。

〇   〇   〇

「(学会が優先する、とブログ主が考えている)(儲け)よりも、他人から一言、「ありがとう」って言われるような、そういう生き方ができたら、言われたこっちのほうが、ほんとに幸せだし、逆にありがとうって思える

彼はこんな言葉でブログの記事を締めています。

ブログの彼は「ブログABOUT」からすると(2006年~)、この2020年の時点でもうかれこれ50代ちょっと。
50才という年齢はもう一端の社会人です。

さて、彼は過去に書き綴ってきた矛盾極まるこれらのブログ記事を、今はどう評価するのでしょう。
それとも自分を未だに誤魔化しながらの人生で、こんなブログのことなどさっぱり記憶の隅からも消し去ってしまったのでしょうか。

覚醒者のあなた、どんな感想を持たれますか…?


関連記事

「インチキ宗教サギ団体!」と彼は怒鳴ります…

学会という組織の必要性

「自分の出来る活動」を考える

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。