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「創価学会はカルト」かどうか…疑問になってきました

『創価学会はカルトです』-狂信者の心理

と言う学会中傷世界での百年一日(いちじつ)如き表題を掲げたブログ。面白みもクソもない、そんな学会都市伝説の中での日常出来事的妄想ブログです…。

〇   〇   〇

ブログ主は、この表題の下にこんな宣伝文句を挿入しています。

『(略)宗教の名を借りた集金団体・集票団体であり、悪質な人権侵害団体でもある創価学会の実態を、一人でも多くの方に知ってもらいたいと思っています

彼の妄想での結論は、創価学会は宗教の名には値しない組織だと断定します。

ブログ主の自失した想像力で考えるに、学会は悪質な嘘をついて会員から金を集め、また政党の票を学会組織を使って纏(まと)め、そして社会に対して人権侵害を与え続けている団体なんだと、そう言い張ります。
ブログ主は学会を「悪質カルト集団」だと決めつけますが、でも彼のカルト思想観はかなり歪(いびつ)なものです。何故なら、彼が話す「創価学会の実態」というものは全てネット上の不確か極まる、そして未確認そのものの情報源からしか発していないからです。

思うに、彼はただの一度も創価学会に「直接」関わったことのない人間の様です。
彼のブログの記事全部は、ネット上の海で浮き沈みしている学会中傷の記事を何の批判も加えずに、そして何も考えずにMCを受け、文章をそのままコピペして並べているだけのその程度のものでしかありません。

学会員は他の宗教をすべて否定するが、創価学会だけは正しいと言える理由について、
(彼らは)まともな説明をすることはない。

私は、これまでに『人間革命』等の創価学会の出版物に、それなりの数、目を通してき
たが、それらの中にも創価学会の正当性について、外部の人間を納得させられる根拠を示
しているものはなかった。

一般的には、何らかの主義主張を訴える人間は、自説の根拠を提示することで他人を説
得しようとするものである

彼はそう語ります。

創価学会の出版物に、それなりの数、目を通してきた

と言う割には、全く何の知識も持っていないのは、彼は自分の言葉に全く責任を持っていない人間の証拠だと言えそうです。

学会の他宗教否定の基本論理、宗教命題も、彼は何の知識の無いことを無意識にブログ上で暴露していますが、それにもかかわらずに何故『創価学会だけは正しい理由の説明がない』と結論付けることが出来るのか、これはかなり不思議に思えることです。
邪宗否定の宗教理論は、学会で出された書籍、特に日蓮教学関連書籍にはそれこそキラ星の如く満載されています。彼はこれらの宗教教学を、ただの一度でも頭の中に入れたことがあるのでしょうか…?
疑問です…。

更には、『人間革命』に目を通したものの、彼は読後感として、外部の人間に説得できる学会説明は載っていなかった、と言う同じく彼の主張。これは単に彼の文章解釈力の貧弱さ故の、その結果でしかありません。
結局ブログ主の様々な「自己主張」は、全て彼自身の知能の低さ、そして宗教知識、更には信仰経験の浅さ(または皆無さ)の証拠でしかないのです。

そしてそんな彼が、こんな話を恥ずかしげもなく宣(のたま)います…。

客観的に検証可能な論拠を双方が提示することで、どちらがより妥当かを合理的に判断
することができるし、結論が出なかったとしても、双方の主張がより整理され、洗練され
たものとなるなど、実りある成果が得られるはずである。

しかし、創価学会員を含めたカルト信者は、自分たちと異なる信仰を憎悪し否定することには熱心だが、自説の正当性を論理的に提示しないので、まともな対話が成り立たたず、彼らと議論しても徒労感しか残らない

方や、彼の妄想から出た自分自身の主張する創価学会に対するネット上から仕入れた無批判な学会中傷情報の数々、しかし方や学会での700年になんなんとする宗教情報、及び実例の数々…。ブログの彼は、無責任にもこの二つの情報を全く同じテーブルに載せて、そしてすまし顔をしているのです。
彼は、単なる『妄想上の知識』と『実際での信仰体験』を、これは同じものだ!と強弁していますが、果たしてそうなんでしょうか…?

更なる疑問が沸々と出っぱなしの状態です…。

彼は、学会からは「客観的に検証可能の論拠」が一切提出されていないと言う妄想を持っています。しかし自らの学会への論理的な批判論は微塵も提出されていません。彼は一体全体、この矛盾に対する世間様へのお詫びをどう考えているのでしょうか…?
彼は、学会に於ける『信仰体験』と言う、学会員なら誰でも「検証可能の証拠」を完全に無視して、自分だけの非論理的な感情論だけを、これだけが正義なんだと言い張り続けています。

はてさて、彼自身の正当な「論拠」とは一体全体「何」なんでしょう…。
疑問は、更に更に膨らむ一方です…。

…要するに彼は、学会退転者(経験者)でもなく、本気で学会に興味のある人間でも更に無く、実態は単なる暇を潰したいだけの学会中傷者、「学会」と言う言葉にだけに無条件に反応するネット俯瞰中毒者でしかないのです…。
そんな中毒症状満開の人間に、何を批判できて、一体何の説明が出来るのでしょうか…。

さて、彼が学会がカルトだと断言する妄想理由の主なものが以下のものとなっています。

創価学会は、

信者から、金銭、時間、労働力、言いかえれば人生すべてを搾取し、更には名誉会長の池田大作を「永遠の師匠」として崇拝している。

また、折伏(しゃくぶく)と称する非常に強引な勧誘を行っている…

(記事の中では項目はまだ延々と記載されていますが、その他大勢の中傷ブログの内容のMC的繰り返しですから、以下は全て省略)

…鼻で笑うべきか、ちゃぶ台をひっくり返してやるべきなのか…少々迷ってしまう彼の学会カルトの理由です。
学会都市伝説信奉者の、学会ネット情報に全く疑問も持とうともしていない中傷者の典型がここに存在します…。
これらは、余りにも低俗な『カルト理由』ですので、それに対しての反論はここではしません。若し疑問を持った方が居たら、MonLinGenの一つ二つの記事を読んで頂ければ事は足りる事です。

ここで彼に一言…。

あなたは、本気の本気で自分の言葉に対して責任を持っていますか?
あなたの学会中傷論理は余りにもいい加減、余りにも安易、そして更に余りにも無責任…。
一体全体知識の何も持っていない事象に対して、何に対して、そして何を元に中傷・批判をしようと考えているのでしょうか…?

更に更に彼は、自分の妄想を外人に補強して貰うべくこんなことまでも口走るのです。

エリック・ホッファーの「大衆運動」からの引用で「大衆の願望とは自由を求めているのではなく、その自由の束縛からの自由である。
彼ら大衆は、つまり本能的に権威主義的な束縛にあこがれているのである。
そして宗教教義そのものの理解ではなくその概略を求めているだけなのだ。

本質が顕わになると大衆の求める「永遠の確実性」が崩壊してしまうからだ

創価学会本部は、大衆(会員)に対して、彼らの求める「宗教の永遠性」をちらつかせながら詐欺を繰り返してきたのだ、と言うことを知識階級の如く展開します。
学会の歴史も教学も、更には宗教そのものの無知識さ、偏執観のなせる技なのでしょうか…。

ちなみに、彼はプロフィールにこんなことを書いています。

私は本来、争い事は好みません。 当然、創価学会のような危険なカルトと敵対したいとも思いません。しかし、奴らはその私を言挙げせざるを得ない状況に追い込みました。 やりたくなかったけど、やらざるをえない、そんな心境でブログを始めました

どんな状況で「私を言挙げさせた」のかは知りませんし、また興味もありません。
しかし、『やらざるをえない』と言う場に置かれたのであれば、本気の本気の、そして更に本気で創価学会関連の知識を勉強して学会批判に挑むべきが本来の筋です。
然るに現時点での彼の学会妄想知識では、今まで説明してきた通り彼は何も批判できていないし(感情的中傷は満載ですが)、自分の妄想する学会悪の話を常識のあるこの世の中に対して全く何も伝える事も出来ていません。

「いろは」の知識の無い人間が、どう言う理由で更なる深奥な学会教学が理解出来るのか、それを先ず反省すべきです。

〇   〇   〇

彼は、記事の最後にこんな言葉を残しています。

『(学会員は)相手の宗教を否定するだけでなく、「創価学会は唯一絶対に正しい」と
誰もが納得せざるを得ない根拠を
(示すべきである)』

しかし、彼には逆に、学会側から全く同じ言葉をお返ししたいと考えています。
彼自身、自分の言葉が正常な批判精神なのか、批判資料の処理が常識的に出来ているかどうか、その事に彼自身再度再度、そして再度本気で「疑問」を持つべきなのです…。

出来れば、一度彼と学会信心について「真面な」議論をしてみたいですね……。


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5件のコメント

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