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「アラン・ヴィヴィアンレポート」の検討、及びその歴史的考察

学会批判の現状

1983年、フランス議会の社会党議員であったアラン・ヴィヴィアン氏が、「フランスにおけるセクト-信教の自由の表現か、もしくは悪質な担ぎ屋か」と言う報告書(調査リスト)を議会に提出しました。いわゆる「アラン・ヴィヴィアンレポート」と言われるものです。そのリストの中に、「カルト宗教」として創価学会の名前も記載されていました。
極一部ですが、この「レポート」を元ネタにして今も盛んに学会中傷を続けている人々が存在しています。

確かにこの議員レポートはフランス議会に提出されました。特に否定する必要もない事実です。しかし同時に、フランス議会には当レポートの他にも、何十,何百という国会議員報告書が提出されています。このレポートだけが特別なものではありません。
その証拠に、一部ジャーナリズムの注意を惹いた以外は大した波紋を曳くこともなく時間と共に自然消滅しています。
また、当レポートを元にした「カルト法制化」もなされていません(後述)。

常識的に見て、何の変哲もないこの「事実」を、「事実・真実嫌悪」の学会批判者達がどうしてこれ程までに騒ぎ立てをしているのか、とても不思議だと言うのが個人的な感想です…。
今回は、この「不思議なレポート」を、フランス宗教史を中心にして考えてみたいと思います。

ただ、この話の奥にはかなり複雑な問題が含まれています。フランス史的には二度に渡る「コンコルダ協約」、そしてその発展整備された「ライシテ条約」、更には「移民問題」まで含めて考えないと、このレポートの本当の意味が見えてこないと言うのが現実なのです。

残念ながら、「当レポートを使用しての批判者達」のブログや記事には、その歴史的背景をきちんと書いて、そしてその上で学会を論難しているものは…「絶無」です。

と言う感じの今回の記事です。若し興味を持たれた方は一読して、そして何か感じて頂けると嬉しいです。

 宗教史を中心にした略年表

1516年…アンシャンレジーム(旧体制)期のフランスと、カトリック教皇との第一次コンコルダ(政教協約)締結

1789年7月…フランス革命

1801年…統領政府(ナポレオン1世)とローマ教皇との間にて、第二次コンコルダ協約締結

1905年12月…コンコルダ協約の破棄。フランス第三共和政にてライシテ法(政教分離法)成立

1945年~’75年頃…1800年功半頃よりフランスでは出生率の低下。二度の大戦を経験して国の政策として「移民受け入れ」を実施。

1974年…オイルショック後「移民問題」が顕在化する

1978年11月…ガイアナのジョーンズタウンで9百人以上が死亡した「人民寺院事件」

テキサス州ウェコのブランチ・ダビディアン教団施設80人以上の死亡事故

フランス、カナダでの太陽寺院信者69人の死亡事件

1980年代頃…フランスの景気後退が始まる

1982年頃…移民人口が6.8%にまで膨れあがる(1901年は2.7%ほど)。移民者のフランス国籍取得者が急増する。(「イスラム化問題」)

1983年…「アラン・ヴィヴィアンレポート」提出

1989年…イスラム系女性徒の「スカーフ論議」。国を二分する論争まで発展する。

1989年11月…「ベルリンの壁」崩壊

2007年4月…フランスは創価学会のセクト認定を解除する

 ※以上、これから述べる記事に関連ある出来事を太字にしています。

こうして事実を並べてみると、「レポート」提出当時の「背景(と大意)」が何となく見えて来ます。
その当時前後には、フランス国内やEU(当時EC),そして世界中で様々な「事件」が起こっています。1983年のフランスは、その激動する時代の真っ只中に存在していたようです。
フランスとしては、内外共に緊迫した時代を如何に問題なく処理していくべきか,そして何をなさねばならないのか等を、(ある意味)試行錯誤を続けながら探っていたと言えます。(これは日本も世界も同様だったかも知れませんが)

激動の時代の中のフランス

1978年には「人民寺院事件」や「ブランチ・ダビディアン教団事件」、そして国内でも「太陽寺院事件」等のテロ事件が起きています。
国内景気も、1980年頃を境として陰(かげ)りを見せます。景気後退による負の感情は、経済的貧困や国内犯罪の増加によって「移民問題」として先鋭的に社会問題化され、その大本の原因を、当時頻繁に起こっていた「宗教テロ」に直接、そして感情的に結びつけられました。本来であれば「景気後退」と「テロ」や「移民問題」は各々(おのおの)直接関係しないものですが、国民にとっては自分達の生活悪化を「誰か」の責任に転嫁してしまう感情が働いたようです。
日本のお隣にある某韓国の状況にも、そんな市民感情が見え隠れしていますが…。

かてて加えて、近隣の東欧の国々ではなにやら不穏な動きも出ています…(ベルリンの壁崩壊)。

 「ライック」な国フランス

上述したものだけでも「カルト問題」は噴出しそうにも思えますが、「レポート」を考える時にはもう一つの大事な話をする必要があります。これは「当時の時代背景」とは別の「フランス宗教史的背景」と言うものになります。

フランスは「カトリック教」の国です。それも「ガリカニズム」(宗教国粋主義)を標榜(ひょうぼう)する「ライック」な国なのです…。
上述の時代背景と、今からお話しする「ライシテ」と言う「宗教・政治協約」的なガリカニズムが現在のフランス国民の中には存在しています。

先ず「ライシテ」を簡単に説明して,そして以降の話を進めます。

『「ライシテ」は、フランスにおける宗教と国家の分離の原則を言う。すなわち、国家の「非宗教性・無宗教性」、および個人の「信教の自由」、そして他宗教への「宗教の多様性」を共々保証する事を表わした言葉。過去二度に渡る「コンコルダ協約」をその淵源とする。

日本のメディアでは「世俗主義」と訳されることもあるが、フランス宗教史成立過程から言うと、これは別の概念だと言える。かなり複雑な背景をもっている言葉なので、現在の日本では日本語訳せずそのまま「ライシテ」という言葉を使用している。

「ライック」とはライシテの形容詞で「宗教から独立した」と言う意味

フランスは、元々ヨーロッパでの「カトリックの長女」を自認していました。
宗教革命以後(16世紀以後)、フランス以外のヨーロッパの国々はほぼ全てプロテスタント教の国家となっていました。
その現実に危機感を抱いたローマカトリック教皇庁は、異教徒(プロテスタント教)にテリトリーを侵略されると言う被害妄想を抱き、そして彼等にとっての「宗教侵略」からの最後の砦である「我が長女(フランス)」は、どんなことがあったとしても決して手放すことの許されない「最後の橋頭堡」だったのです。で、フランスが少々無理難題を吹っかけてきても、やはり教皇側としては彼等と仲良くやって行かざるを得ない状況に置かれていました。

教皇庁の「強権」「強引さ」「上意下達さ」等は、フランス宗教界でも少々持て余し気味だったようでもあります。(これは某宗門の横暴さどころではありません)で、カトリックの教権を政治から切り離そうという試みが、宗教革命以後も続けられていた状況があります。
結果、アンシャンレジーム期のブルボン王朝、そして統領政府(ナポレオン一世)との政教協約(コンコルダ)を結ぶ事になった訳です。

その発展解消の結果である「ライシテ協約」が1905年12月に結ばれました。

勿論、縷々説明した「コンコルダ」と「ライシテ」とは同じものではありませんが、まあ同系統の協約だと考えていいのではと思います。唯、歴史的には非常に「濃い」ものを含んでいますし、またフランス国民もこのライシテに対しては非常な「愛着」「プライド」をもっていることも確かなのです。(日本人の「くうきを読む」的な感覚でしょうか…)

また「ライシテ」には、「信教の自由原則」「宗教多元性」「政教分離原則」「ガリカニズム(宗教国粋主義)」…と言う種々雑多な概念も含まれています。
カトリック教徒として少々の矛盾を感じながらも、特に教育の場では「ライシテ憲章」と言うものが光っているようです。(「イスラム・スカーフ問題」)

カトリック教の遺伝形質

中世ローマカトリック教皇庁の「異端裁判」や「魔女裁判」(これは極一部の地域で起こったものですが)等を思い返して見ると、カトリック教そのものの「他者(宗)排除性」はある種独特なものがあります。現在のフランス国民の8割がカトリシズムを標榜していますので、中世からのその「遺伝形質」は今でも根強く国民の間に残っている様です。
つまりフランスとは、遺伝的な「異端排除性」と近代的な「ライシテ性」の両面を持った、かなり特殊な国民性のある国家だと言えるのです。

そんなアンビバレントな考えの基、上述の「時代背景」も手伝って出来たものが、この「アラン・ヴィヴィアンレポート」だったのです。
創価学会が「異端(カルト)リスト」に入っていたのも当然と言えます。アラン氏も「時代の人」、そして「フランス国民」だったのですから…。そして、後述する「結果」もそれを証明している訳です。

だとしても、彼は余りにも仕事を急ぎ過ぎました…。国会議員としては決してやってはならない方法を取って,「カルト報告書」を作成しました。彼の使用した「元資料」は、当時フランスSGIを脱会した人の話「のみ」を元にした非常に片寄った,そしてかなり偏見に満ちた「意見集」だったのです。

本来であれば公共に提出する「資料」と言うものは、政治家として、第三者的な平等感覚を持って、相対(あいたい)する組織からも「同時」に資料を収集すべきものですが、彼は「悪縁」に引っ張られた様です。もう一方の正規のフランスSGIの意見(資料)を聞き忘れていました…。(未確認ですが、この「事件」の裏では「某弱小宗門フランス支部」が関わっていたとも言われています)

さて、折角提出した「アラン・ヴィヴィアンレポート」は、以後も「法制化」はされていません。結局単なる「報告」だけで終わった様です。そしてこの「事実」そのものが、フランスお得意の「ライシテ精神」の本領発揮と言えるのではないかとも思えます。
また、当レポートを元に、慎重な調査もせずに創価学会の中傷記事を載せていた週刊誌が、フランスの裁判で裁かれたと言う「事実」もそれ以上に大事となってきます。
日本にもその手の人間や雑誌社が存在していますが…まあ何所の国でも似た様なものなんでしょうか…。

ちなみにアラン議員は、2002年6月にはMILS(セクトと闘う省庁間本部)の本部長職を辞任しています。

「当レポート」で学会批判をする人々は、これら上述したフランスと言う国の特殊性、1980年代の時代性、そしてフランス宗教史などは全く検討もしていない様に感じます。そもそもそんな「歴史的事実」があることさえも知らない、と言うのが現実のようです。
彼等はただひたすら、「フランス国会にレポートが提出された」のみを云々しているだけで、「理由・歴史」と言う事が全く抜け落ちた「中傷一点張りの記事」連発なのです。

…本気で寂しいことだと言えます。

フランス創価学会の現在の状況

創価学会と言う組織(フランスSGI)は2019年現在、フランス社会(及び政府)にほぼ完全に受け入れられています。「学会カルト」などと言う讒言(ざんげん)は出ていない状態です。
学会員の皆さん、ご安心を…。

…と言う終わり方も余りにも安易すぎますので、「証拠資料」の何点かを以下に記しておきます。
これらの「事実」や「真実」を否定するのも、納得するのもそれぞれの自由でしょうが、しかし「否定」そして「批判」する人には一つだけ注意をしておきます。
「本気の否定」には、それ相当の「事実」を積み重ねた「証拠資料」が必要です。その資料が提出出来なければ,あなたの「批判」は単なる「与太話」または「ウソ話」でしかありません。

くれぐれもお気を付け下さい…。

創価学会がフランスで認められている「証拠」

(1)「WEB」第三文明に、「当レポート」の結論がこう記載されています。

『(~略)ここ5年にわたり、創価学会に関して,我々((MIVILUDES=セクト逸脱行為監視取り締まり関係省庁委員会)はセクト逸脱行為の通報を一切受けていない。運動体(宗教組織)は礼拝、文化、商業活動を(それぞれ)区別し、フランスに於いては全く問題を提起しない』(「Le Monde DES RELIGIONS 2011年9/10月号合併号」より抜粋)

…以上

(2)ブログ「創価の森の小さな家」(2011年6月29日)にこんな話が載っていました。15年前までフランスで生活していた人の話です。

『以前は難しい顔をしながら日蓮大聖人の仏法理論を展開していた座談会が、今回フランスに行ってみたところ、とても明るい話題の数々話をしていたそうです。個人主義のフランスで「道を歩いていてお金を拾った,功徳だ♪」とか「この事は誰それのお陰だ」等の体験が話されて,ビックリした』

学会批判者には決して真似の出来ないフランスでの「体験談」だと言えます。

…以上

(3)これは私自身の体験です。

去年の夏ぐらい(2018年9月度地区座)ですが、担当幹部がスマホの映像を見せてくれました。そこにはフランスのある劇場で開催されていたファッションショーが写っていました。そのBGMが何と「お題目」だったのです。
綺麗どころの女性がステージで花を散らしているそのバックで、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経………」の大音声(おんじょう)が流れていたのです。

日本ではとても考えられない話です。

幹部のお話では、この題目の響きがフランス人にとってはとても快感なのだそうです。(日本人にとっては「ん…どうだろう」と言う感じですが…)
その映像のurlは忘れましたが、若し興味ある人は検索すれば見つけられるでしょう。

…以上

参考資料(外部資料)

 学会批判系資料-

(1)「フランスのカルト認定の経緯

…一見理論的に話を進めている様に見えますが、しかし「フランスでの学会カルトの経緯そして現状」と言う意味では何の意味もない言葉の羅列です。

(2)「調査をしたところ、創価学会はカルト教団で間違いありませんでした

…こう言う「おばか」が居るという「事実」は、ある意味人生の面白さも感じはしますが、しかしとても寂しい人間を眺(なが)めていると言う感覚も持ってしまいます。

学会系資料-

WEB第三文明」(上述)

 

…簡潔に、事実を記しています。非常に判り易い記事です。流石「第三文明」です。

学会は「フランスでカルト指定されてるじゃん!という「批判」は全くの見当違い」(上述)

…「そもそも遠い国のフランスで学会がカルト指定されたからと言って、我々に何の意味があるの…?」と言う論調の学会批判者への批判記事です。はい、もっともです…。

フランスで創価がカルト指定されていると聞いたんですが…

…「Yahoo!知恵袋」のQ&Aです。冷静に書かれています。一読を…。

その他の参考資料(コンコルダ、ライシテ、移民問題等)-

(1)「1801年のコンコルダ(1〉-交渉過程-

…コンコルダの歴史研究論文です。全75Pの長文ですが、それだけにコンコルダの詳しい話が「満喫」出来ます。

(2)「ライシテと天理教のフランス布教①

(3)「ライシテと天理教のフランス布教②

(4)「ライシテと天理教のフランス布教③

…①~③の記事は「天理教」の発行したフランスにおける布教の在り方として書かれているものですが、ライシテの要約文のような感じでとても読みやすい物です。

ライシテ(WIKI

…天下のWikipediaさんの記事です。ある学会批判者の「WIKIは絶対正しい!」と言う記事が存在しますが、彼には是非読んで欲しい内容です。

フランスにおける憲法原則としてのライシテ

…これは42Pの論文です。憲法としてのライシテで、最近のライシテを書いています。

(7)「フランスにおける国家と宗教(コンコルダを中心に)

…コンコルダからライシテに至る経緯を書いています。

(8)「フランスが抱えるイスラム化問題

…移民問題を分かりやすく書いています。

(9)「フランスに於ける移民の現状と問題点

…これも同じ移民問題の記事です。


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