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覚醒者と一生成仏

ブログの彼は今30才(ぐらい)とのこと。

『(創価)学園時代は周囲にひかれるほど熱心に信仰。学生部では1年生から人材グループ。部長、副書記長まで経験。(そして)就職を機に非活動へ

プロフィールの自己紹介です。結果、今は目出度く「覚醒者」としての人生を謳歌している、とのお話。

〇   〇   〇

まあ何処にでも転がっている退転者の謂い訳文章です。
そんな彼のブログが…

学園卒のよるアンチ創価ブログ

彼は「覚醒」後、ずっと(学会活動に対して)傍観者の立場を取っていました。でも未だ、諸般の事情により「退会」への踏ん切りがついていません。
ブログ記事ではウダウダ偉そうなご託を並べているくせに、根本的な真剣さは持ち合わせてはいないようです。これも又何処にでも居る学会逃避者のいつもの話。
そんないつもの彼が、草創期の学会に対してこんな意見を開陳します。

昔、学会が爆発的に広まったのは、ただの社会現象でしかないと考えています。
戦後の不安な時期、「もっと生活を良くしたい」と皆が強く思っていた時期。
そんな時期に求心性の強いカリスマみたいなのがいればそりゃー広まります

いつも退転のことばかり考えていた元副書記長の「信仰観」、そして「学会の歴史観」とは、結局この程度のものだったようです。
表面上は学会員として頑張っているように「見せて」その実、心の奥底には信仰への反発だけが成長していたという、そんな例の如くのお話です。学会活動の中、日蓮教学に対して一片の理解の努力もしていなかった、そんな情け無い彼。

学会退転者のよく話す「学会幹部が悪かった」と言う、当(まさ)にその「幹部」の姿がここに存在しています…。こう言う「似非(えせ)学会幹部」の下で、本気で信仰活動をしていた他の真面目な部員さん達こそ迷惑そのもの。

彼ら「獅子心中の虫的似非幹部達」は「学会指導」には何の興味も持ちません。しかし、ネット上に浮沈している「学会批判」の数々には異常とも思える好奇心を見せるのです。

「ネットは嘘だらけだから見てはいけない」「ネットをみると信心が乱れる」…そんなようなことを、15年も前ぐらいから聞かされていた気がします。

ここ数年のアンチ創価サイトは、「逆体験談」的なサイトが多いと思います。
運営者も、内部や元内部。バリ活だった方も多くいます。
このようなサイトは一部には攻撃的なサイトもありますが、多くがふんわりと、自分の体験に基づいて学会のおかしな点を指摘しているように思います』(言葉の若干修正あり)

元似非信仰者の彼の見立てでは、学会指導は「」ばかりだが、ネットの学会批判のほとんどの話は「真実」と言う結論。がしかし、彼の話す「真実性」の「具体的」、「論理的」な正否判断の説明は、浮沈を繰り返す彼のブログ中には一切掲載されていません。(まあ、これは他の学会批判者達も同様ですが…)

『人が信仰を持つ時、どのような理由で決断すると思いますか?』

 突然彼はこう問いかけます。
信仰の「」の字も理解していない人間からの、投げやりな問いかけです。

『教義に自分が納得がいくから、自分の価値観や理想と合っているから(略)信仰している人が幸せな生活を送っているから(自分も信仰をしたいと思うのだ)これらが本来の姿だと思います。学会は違います』

彼は、自分自身の「似非信仰」の歴史を振り返りつつこう答えるのです。

しかし、とこちらからも問いかけたいと思います…。

教義に納得」がいかなければ、どうしてその答えを学会幹部から引き出そうとしなかったのでしょうか?
信仰は趣味の活動ではありません。「自分の価値観や理想と合う合わない」は信仰活動とは無縁のものです。仕事と同じくやり続けて、そして結果を出す努力が必要な世界で、何故趣味的な感覚で学会活動にかこつけて遊び耽(ふけ)っていたのでしょうか?
幸福になる」(方法)云々は、各先生方が嫌と言うほど話されていました。それを彼は全く何も聞いていなかった様です…。

『(学会の折伏、活動は人々を騙す)詐欺師のやり方と一緒だからです。
高齢者に不当に高額な布団を売りつける際。詐欺師ですね

彼は、「…だから」学会は「壺を売りつける詐欺宗教」なんだと結論づけます。無理矢理観満載の非論理的結論に見えます…。

見当違いな感覚で学会の指導を聞きながら、訳の分からない錯覚を起こし、偏見のまま解釈しての身勝手な結論。そして、こんな自己中な学会観をネット上に振りまいている「元学会幹部」…。
彼のような馬鹿な人間は確かに多く存在していますし、更にそんな「おとぎ話系」の話を信じる「覚醒希望者」も、ネット上には五万と存在しています。まあ、彼自身も、そんな「希望者」の一人だった訳ですから偉そうな話には発展しませんが。

何だか「暗黒のリサイクル」とでも言えそうな、そんな魑魅魍魎的学会批判者の世界です…。

『学会では「お元気な池田先生」の連呼です。
そんな中、宗教家である池田は何もしておりません。普通に考えて、元気ではありません。
姿を見せたらどうですか。そしたらもっと嬉しかったでしょうね』

しかし彼はそうは話しながらも、未だに先生のことが気にかかってもいます。若しかして、池田先生にお会いして、自分の気持ちを全て打ち明けてみたいと言う心根が、こんな言葉を発するのかも知れません…。

でも、北朝鮮の「金王朝」や「一党独裁体制の中国」じゃあるまいし、創価学会と言う組織はある特定の人間や派閥、グループが永遠に牛耳続ける様なそんな腐敗した団体ではないはず。常に若い人間に信心をバトンタッチし続けて、そして新たな信仰体制を維持し続ける組織、それが創価学会であるはず。

彼にはその「本当の事実」の姿も目に映ることはなかったようです…。

〇   〇   〇

『活動をやめても、勤行も題目もあげなくなっても何らの罰はありません。もう一度申し上げます。(繰り返しの言葉の故、途中略)
活動や勤行・題目をやめ、浮いた時間で上に挙げたようなこと、自分が大好きな趣味、そういったことに打ち込んだほうが、(信仰活動よりも)よっぽど意義があると思いませんか?』

 最後に彼はこんなことを強調します。しかしながら、彼に趣味の話が出来るとは到底思えません。何故なら、一つの趣味を本気でやり続けた場合、その本当の結果が出るのは一体「何ヶ月」ほど先のことなのでしょうか…??

ブログの彼、そして更にはその他大勢の退転希望者さん達に問いかけたいですね。

私は絵の趣味を持っています。
子供時代から今に至る数十年間続いている趣味です。でも、未だに納得の出来る作品を描いたことがありません。
死ぬまで自分自身に本気で納得させることの出来る作品って、多分描くことは出来ないのではないかと、そう思っているのです。

一生成仏」って、結局そういうことなんじゃないでしょうか…?


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5件のコメント

  1. しかくい

    わたしはアンチですが、あなたのブログは学会員さんが読んでもイヤな気持ちになると思います。

    Twitterなどを使い学会員さんの感想を聞いたほうがいいですよ。
    このブログを地区の仲間にみせていますか?

    • masahitokubo

      しかくいさんへ

      コメントありがとうございます。
      あなたが私の、どれだけの数、そしてどう言う種類の記事を読んでそう感じたのかは知りません。
      若し様々な数のものを読んで頂いていた上でのあなたの私への批判とすれば、かなりお門違いのものを感じます。

      私の「批判」に対する持論は、批判は「中傷」や「偏見意見」ではなく、しっかりとした理屈の通った話にすべきだと考えています。
      このMonLinGen全ての記事では、私の学会批判者に対しての「批判の在り方」は例外なく全てに於いて「理論的」に行っています。

      理論的と言うことは、要するに ①批判の理由を挙げて、②そしてそれに対して何故の批判か、③そしてどうして彼(女)の学会への批判が間違っているか、と言う事を詳細に記していると言うことです。
      然るに、創価学会批判者ほぼ全ての学会への批判は「中傷論」(感情論)、そして「偏見話」(感情論プラス他人からの意見)そして「都市伝説」(嘘、噂話)で占められています。

      気づいていましたか?
      あなたは言われます。

      「あなたのブログは学会員さんが読んでも嫌な気持ちになると思います。Twitterなどを使い学会員さんの感想を聞いたほうがいいですよ」

      さて、あなた自身は当ブログの記事を ①学会批判者に見せ、そしてしっかりした意見を聞きましたか? ②そして、当ブログを学会員に読ませて、そのしっかりした意見を聞きましたか?

      この二つのことが出来て初めて、「学会員さんが読んでも…」という話が堂々と出来る訳ですが、どう思われます?

      私はあなたが思っている以上、それ以上に「学会批判者ブログ」読み込んでいます。
      そして、その上で批判を行っているのです。

      あなたは当記事「覚醒者と一生成仏」を読み込んで、そして自分の意見としてどんな感想を持ちましたか?
      そして若し当記事に対して「批判意見」がありましたら、「理論的」「理性的」に批判を私に対して行って下さい。

      以上の私のあなたへの「批判」、理解出来ましたでしょうか?
      私は理の通った「批判」は真正面から受け止め、そして自分の意見としての「反論」を行います。

      如何ですか、私の話は…。
      意見待っています。

  2. しかくい

    この記事の感想ですが、あなたは反学会ブログを書く人との対話は避け、安全地帯で批判する弱い人だと感じました。

    理論的、理性的がどういうものかわかりませんが、他人のブログを勝手に引用して自分のブログのネタにしているあなたの器は小さいかなと思います。

    日蓮なら直接コンタクトをとるとおもいます。

    地区の仲間には見せていませんか?

  3. しかくい

    なんか酔っ払って酷いこと書いてました。
    もうこちらへ書き込まないようにします申し訳御座いませんでした。

    • masahitokubo

      しかくいさん、及びその他の学会批判者さんへの返信

      しかくいさん自身は、もうこのブログには近寄らないはずですので、彼(女)以外の人に、彼のコメントを中心にした私の考えをお伝えします。

      ・「私はアンチですが、あなたのブログは学会員さんが読んでも嫌な気持ちになります」(しかくいさんのコメントからの抜粋。以下同文)

      …彼はそう論難します。
      が、彼は当記事(「覚醒者と一生成仏」)の記事を、果たして現学会員の一人にでも見せて、読んで貰い、そしてその意見を自分の耳で聞いたのでしょうか…。
      見せてもいないし、そしてその意見も聞きもしていません。
      彼のコメントの何処を見てもそう言う話は載っていません。

      これは要するに、単なる「感情論的中傷コメント」です。
      真面な「批判」にもならないコメント話は、特に真剣に取り上げる必要もありません。

      ・「Twitterなどを使い、学会員さんの感想を聞いた方がいいですよ」

      …当ブログは「学会員さん向け」のブログ内容ではありません。
      学会批判者達に対して、自分達の如何に愚かでいい加減で、そして偏見だけを持って創価学会を中傷(「批判」以前のことを)しているかを知って貰いたいが為の、その目的のためのブログ運営です。
      このことは、当ブログの一つ二つを本気で読んでみれば簡単に理解出来る話です。

      故に、「このブログを地区の仲間に見せていますか」という彼の質問は、ナンセンスそのものとなっています。

      ・「あなたは反学会ブログ主との対話を避け、安全地帯で批判する弱い人だと感じました」

      …と言う彼の「感想」です。
      感想ですのでそれに対しての批判は置いておきますが、しかし彼は完全に勘違い、間違いを犯しています。

      何故なら、

      ① MonLinGenは過去の運営では彼の知らないぐらいのかなりの量の「対話」をしていた経験があります。
      これは彼の知らないことなのでまあ仕方がありません。
      旧MonLinGenの記事全て(記事及び対話コメント)は、ある理由で全部消えてしまいました。新MonLinGenは「過去記事」だけを元に再構築したもので、その履歴(コメント等)が残っていないのです。
      故に、彼のこの感想は何の理由も無い単なる中傷だと断言できます。

      ② 現MonLinGenのコメント投稿も、昔のものと同様全く何の「縛り」も設けていません。コメントを書いて「コメントを送信」、それでコメントは送付されます。彼もそうした行為で自分のコメントを送ったようです。
      若し私に対して「意見」「反論」「中傷」があれば、誰でも出来る状況をこのMonLinGenではいつも用意しています。
      しかし誰も「批判」は送ってきません。

      何故なんでしょうかね?

      ・「理論的、理性的がどう言うものかわかりませんが、」

      …理論的批判とは理屈の通った批判、と言うことです。

      これは、当ブログの記事を数記事読んで頂ければ理解出来ます。
      出来ない人は、そもそもこんな訳のわからない弱小ブログに近寄るべきではありません。

      もっとあなたの身近な「都市伝説」と「中傷」と、そして「偏見」だけで運営されている学会批判ブログは腐るほど存在していますから、そちらをご贔屓にして下さいな。

      ・「他人のブログを勝手に引用して自分のブログのネタにしている…」

      …と思われるのであれば、私に対しての批判をガンガン行ってほしいと思います。
      何故そう批判するのか?
      理由はどうで、だからこうなんだ。
      あなたの記事のここがこうなんだから、だから駄目なんだ…等々

      上にも記しましたが、コメント送付は完全フリーです。
      「本気で」批判できる人からのご意見を、私は心待ちにしています。

      ・「日蓮なら直接コンタクトをとると思います」

      ブログの良さはネット上でのデジタル返信・答信です。
      自身が直接会ってどうのこうのの面倒くささから解放されて、いつでも何処でもコメントを送ったり受けたり出来ることです。
      そもそも日本の北の街から南の街まで、さてどうやって行ったり来たり出来るでしょうか?仕事も持っているし…。
      考えましょう…。

      と言う感想を持った「しかくい」さんのからのコメントの数々です。

      最後に彼のような学会批判者達に対しての、私の本気の意見です…。

      彼は私のブログの在り方を「器の小さい人」と言う感想を持っています。
      しかし逆に話すと、その器の小さい人間に対してどうしてもっとまともな批判をする事が出来ないのか、それが不思議です。

      彼は最後に「酔っ払って…」、と言うよく理解出来ないコメントを残して去って行きました。
      この言葉で全て「許されるんだ」と言わんばかりに…。

      これが「学会批判者」の心根だと断言できます。
      全て中途半端、全ていい加減、全て感情論的…。

      ブログ上での対話も真面に出来ない人間と、しっかり哲学を持ちながら真っ直ぐ学会の信心の記事を書き続けている人間…さてどちらが「器の小さい人間」なんでしょうか…。

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