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覚醒者の話す「学会の真実」、その核心

2018年5月8日更新停止中の、所謂内部アンチ(学会批判)系ブログを読みました。

活動から離れた創価内部アンチのブログ」(~スタンス~)

覚醒希望者の声そのままのブログ名です。

〇   〇   〇

学会3世、創価学園卒業、学生部では部長、男子部では副部長を経験し、人材グループは創価班に所属していました。信心強盛な元・バリ活

と、自己紹介をします。
学園卒業で創価班出身。現在は覚醒も完了して、押しも押されぬ立派な学会批判者として生活されているのだろうと想像します。

その彼が男子部時代、学会に対する数々の疑問を抱いていたと説明します。しかし、当時の彼はその疑問の解決方法が全く見つからなかったと話します。
で、結局学会批判者系のブログをこっそりのぞき込み、そしてそこに答えを見いだした、と言う個人史を暴露するのです。

私自身、創価に疑問を感じ始めた頃、どうやって疑問を解消すればいいのか全く分からなかった。「おかしい」と感じつつも、その先を詮索してはいけない、これ以上創価学会や池田先生を批判するようなことを思ってはいけない、と頭の中でストッパーがかかってしまう。幼少の頃から、「創価学会や池田先生を疑うこと・批判すること」は「絶対にしてはいけない」というMCを受けていたからだ。かと言って、先輩や幹部に相談しようとも思わなかった

学会組織からある種の(種類は未確認)「洗脳」(MC)を受け続けてきた結果、学会や池田先生に対して「疑問」を持つことに対しての罪悪感を感じていたようです。疑問符に塗(まみ)れながらの悶々とした男子部活動、更に疑問が増え続ける中、「幹部指導」を受けるという選択肢もあったものの、しかし彼はそれを拒否しています。
何故か…。

『(先輩や幹部に)相談したところで、「死ぬ気で祈ってる?まだ全然足りないよ」「〇〇くんにとって、池田先生との原点はなに?迷ったら原点に戻ろう」といった(お馴染みの)似たような指導を受けることは目に見えていたし、(それは自分にとって)何の解決にもならないと分かっていたから

学会の事に疑問を持ってはいけない」(と言う学会からの洗脳の故)、だから誰にも相談することが出来ず、そしてお手軽なネット上の無責任そのものの情報を頼りとした結果、目出度く「退転覚醒」したという、そう言うお話になるのです…。
まあ、いつもの例の如くの退転者達の口を揃えての逃避理由になります。

さて問題は、創価学会はブログ主の主張するように、

  • 学会員は、学会組織に疑問を持つことは禁じられている。別の言葉で言うと、学会を批判することは「謗法」なのでしょうか?
  • 若し疑問を持った場合、その事を幹部や仲間に相談することは禁じられていることなのか?相談した場合は、彼の考えるように学会幹部達は口を揃えて「お馴染みの」話をし続けるものなのでしょうか?

学会退転者達は、文字通り「口を揃えて、お馴染みの」学会洗脳話や学会疑問への拒否感を話します。そして、「(こんな立派な理由があるから)だから学会を退転したんだ」と自分の行為を正当化し続けています…。

そもそも論として、「学会への疑問を決して持っていけない」と言う指導やスピーチ類と言うものが、果たして学会の中には存在するのでしょうか?
勿論、当然そんなものは一切存在するわけはありません。
若しそんなものが存在すると強弁する人がいれば、先ずその「資料」を提出すべきです。
しかし、そんなものはないと言うことははっきりしています。

故に、「疑問を持ったから退転しても許される」という強弁は成り立たなくなります。

学会の様々なことに疑問を持った場合、彼の話すように「相談」(幹部指導)を受けるべきなのですが、彼はほとんど(多分一切)受けた様子はありません。
何故か…。
彼はその理由として「お馴染みの話云々」を恥ずかしげもなくしています。

この言葉から想像(と言うか決定的なんですが)するに、彼の学会に対する「疑問」はほとんど真剣さが足りないものだったと思われます。若し本気の「疑問」を持っていたとすれば「解決」するまでそれこそ必死で誰彼の別なく質問しまくっているはずです。
相談した幹部が自分の答えを知らなければ(納得のいく答えが出なければ)、その上の幹部に話を持っていくはずです。若しその幹部も駄目なら更にその上…。そして副会長まで話をしに行くべきだったのです。
創価学会はその真っ当な道をしっかり用意している、そんな組織なんです。

学会退転者達は、それこそ口を揃えてネット上に「創価学会から洗脳を受け、そして思うような考えを発揮できない…云々」の嘘でたらめを吹聴しています。
しかし考えてみるべきです。洗脳・MCをしている人間は学会幹部やバリ活の学会員ではありません。退転希望者そのものが、自分で自分をMCしているだけなのです。
彼ら覚醒希望者は、自ら好き好んで外部批判者や退転者からの中傷・批判を受け続けた結果、自分で自分を「洗脳」をしただけなのです…。

彼は相談することも拒否して、結局ネット上の学会批判者ブログの言葉に逃げ込みます。そして、そこに自分の気持ちを再発見するわけです…。

誰も口にしなかった創価の真実が書かれていると直感し、「この人は嘘は書いていない」と直ぐに分かった。すると、「他の記事も読んでみよう」となり、他の記事を読んでみると、これまた共感できる。(略)他の方のブログ記事も共感できる。その次も、その次も。
このような共感を積み重ねていくと、自分の感じていた疑問は、自分だけではないということが段々と分かってきた

彼の「直感」自体は真実なんでしょう。自分の心の中の言葉を、ネット上にある退転者ブログに表現されているのを見つけたのですから、確かにそう感じたことは間違いありません。しかし、それは自分の気持ちの「真実」であって、「学会の真実」とは全く無縁のものです。
自分の間違った考えを学会の本当の姿とイコールとすること自体が、退転者達の根源の間違いです。彼らは勘違いしたままで退転し、そしてその間違った考えのまま創価学会を批判・中傷し続けています。
この本末転倒した事実はとても大事な「真実」です。

学会の真実」の本当の意味とはこの事です。
彼や学会退転者の決定的な瑕疵がここに存在しているのです。

〇   〇   〇

創価について悩んでいる人にとって判断材料(退転する理由)は多い方が良い。それらの情報を収集したうえで、自身の頭で正邪を判断することができれば。一番由々しきことは、創価を批判する意見を知らない状況の中で、創価は正しいと思い込んでいることだと思う

最後に彼はいみじくもこう語ります。

創価を批判する意見を知らない中で」と退転希望者に話し聞かせますが、さて彼自身本気の本気で「創価を批判する意見を」検討した結果の今の自分だったのでしょうか…。
彼が今度は本気の本気で、これから彼の残りの人生を掛けてその事を考えてほしい、そう思う今日この頃です…。


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