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キリスト教徒との対話

キリスト教徒、その中のカトリック教徒のある方と「宗教間の対話」をしてみました。

結果は…残念なものになりました。
彼はとても真面目な人だと感じますし、多分…多分ですが現実のクリスチャンとして彼は普通の人なのかも知れません。

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対話初日に感じたのは「非常にひ弱…」という感覚です。

そもそも自分のやっているキリスト教に対しての「信頼」そして「自信」を持っていません。40数年前に洗礼を受けたと話す彼の話す話には、キリスト教に関しての知識欲も宗教信念も、少なくとも私には何も伝わってきませんでした。ただ只管のどうでもいい言い訳…どこにでも転がっている仏教知識の開陳、そして結局「逃げ」のような話の繰り返し…。
わたしの勝手な思い込みかも知れませんが、彼にとってキリスト教とは「信仰対象」では無く身につける綺麗な「飾り」、または「ファッション」程度の存在なのかも知れません。

そんな感想を持った今回の「対話」です。

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今回の彼がキリスト教徒の代表だとは思っていません。再度気を引き締めて、今度は牧師さんをターゲットに「対話」をしてみたいと考えています。


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