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アンチ認知症候群

ある支部幹部さんから、某有名ブログの「対話を求めて」の中で今、学会の支部長さんが管理人と対話をされているので読んでみませんか、と言うコメントを頂きました。早速一連のその「対話」を読ませて頂きました。が、時間を置いて再度読み返えそうとしたところ「ページエラー」(ページが見つかりません)が出て,以後その対話部分が迷子になってしまいました。(2018年7月27日 19:24現在)

仕方なく初読の記憶と一部コピペの文章だけを頼りに、「鯛焼きさん(支部長さん)とブログ管理人との対話」の感想を書いてみました。

この対話に接していない人は今一つよく理解の出来ないところもあるかもしれませんが、何となくの流し読みでも楽しめるとは思います。

ページが見つからないのは、多分若しかしてこちらの遣り方が悪いのかも知れませんが、まあ別にどうしてもまた再読したいという気持ちも持っていませんので、アバウトですが全体像をなぞりながらの感想文として記してみます。

認知症とは

初っぱなから話題はすっ飛びますが、「認知症」の簡単な説明をして、それから本題の方に進みます。

「認知症」とは、ちょっと前までは「痴呆症」と呼ばれていました。「痴呆(ちほう)」=「白痴」のイメージが悪いと言うことで、記憶の「認知」に問題がある「症状」だと言う事で現在の名称に変更となったそうです。

「認知症」の中心にあるいわゆる中核症状は、先ず「記憶障害」「見当識障害」「理解・判断力の障害」「実行機能障害」「失語・失認識・失行」等です。これらの基本症状から具体的様々な症状が出てきます。下位症状としては「不安抑鬱(よくうつ)」「徘徊(はいかい)」「幻覚・錯覚」「暴力・暴言」「異食」「睡眠障害」「せん妄」「妄想」「帰宅願望」「介護拒否」「失禁」等と言う事です。(ある精神疾患HPからの参照)

私も営業車に乗っている時その手の人と関わったことがありますが、症状の一部にはとても納得出来る部分あります。

「認知症」の人に対しては、お互いの普通の会話だけでは「認知症」だと気付くことは希(まれ)です。余程の専門家で無いと判断出来ないようです。ある意味普通の人と同じ会話なり対話が可能なのです。でも時折ですが「え…?」と言う言葉に遭遇することがあります。長く話していると相手に対してかなりな違和感が出てくる、「認知症」の患者さんはそんな人が多いようです。

〇   〇   〇

さてとても長い前置きになりました。でも上述の話は大事な基本情報ですので、記憶に留めながら以下の話を読んで下さい。

今回の「対話を求めて」での鯛焼きさん(学会支部長さん)と、そしてブログ管理人との「対話」を読んでみて、非常に納得出来たことが多々ありました。私もこの管理人とは若干の対話気味た経験がありまして、過去の彼の記事、対話等を思い出してみて、今更ながら「成る程そう言う事だったのか…」と感じる事が多く見つかったのです。

それが上述の「認知症」の症例です。勿論私は精神科医ではないので「診断」の出来る資格は一切持っていません。またするつもりも全くありません。(これらのことは単に個人的な感想でしかないので、その点はご了承下さい)

二人の対話の模様(記憶を頼りに)…

先ず「対話」全体の感想は、鯛焼きさんのとても安定した、また自分自身と創価学会へのしっかりした信頼感が彼の言葉の全てに滲(にじ)み出ていて,読んでいてもとても安心感を覚えました。ブログ管理人がどんな無茶振りをしても,兎に角「自分はこう思うんだ」と言う事を彼自身の言葉でしっかり説明していましたし、また管理人にも理解出来る様な言葉を選びながら綴(つづ)っていて、非常に好感を持てました。彼がとてもとても現場に馴染んだ学会人(バリ活)だと言う事が、文章の言葉の端々に溢れ出ていました。

こんな素敵な支部長を、どの支部でも持ちたい気持ちですね…。

さてそれに引き替え、ブログ管理人の対応は全く酷いものでした。

鯛焼きさんの発せられる言葉一つひとつ、文章の個々細部に渡って、発せられる度に右往左往しているのがモロに感じられた管理人の対応です。「滑稽」という言葉が頭に浮かんでくる、そんな姿でした。

管理人は、鯛焼きさんの話「全て」を一切理解していません。理解しようにも出来ないのだと思います。

理解出来ないその代わりに彼が出してくるのは、「学会は詐欺集団」「騙されていた」「自分のブログにはこんなに真実の言葉が集まってくるから、学会の話は全て嘘だ」との一方通行の決め付け話だけです。(記憶障害、見当識障害、失語・失認識、幻覚・錯覚)

鯛焼きさんの「話」に対しての真っ当な反論も出来ないし、する気も無いのです。出せる話は全てネットからのコピペ文章です。(思い込み、決め付け、更には妄想)

対話とはお互いの意見を最大限尊重してその上に積み上げて行くものだと思います。然るに彼の「対話を求めて」の「対話」とは、「相手の話は全て嘘だ。管理人の話す事が全て正しい。そう言う”対話を求めて…“」の「対話」の様です。

そんな「対話」が続く中、流石に堪忍袋の緒が切れたらしく鯛焼きさんは管理人にこう言い切ります。

『…「対話」とおっしゃるのなら、まず相手の言い分をしっかりと聞いたうえで「なるほど、じゃ、こういうことですか? では、ここに問題ありますね?」って感じでキャッチボールするものだと思います。でも(※あなたは今回の対話全体をみても)そうならないことが多いですよね?

(略)…(※あなたは)自分が知らない問題、触れたくない問題はシャッター(※対話拒否)って、裸の王様じゃないですか(笑)…略 』

(※はMonLinGen挿入)

見事な突っ込みだと感心しました。

管理人は「言葉のキャッチボール」が一切出来ません。これはまさにアンチ学会の典型的な人物例です。管理人は「対話」を自分の「フィールドだけ」で、自分の「思い込み」だけを頼りに、そして「自分だけの結論」を出そうと努めています。これは「対話」と言うものの真逆を行くものです。

対話相手の話を一切聞くことのない「対話」と言うものが、果たして成り立つのでしょうか…? 彼は成り立つのだと信じ切っているようです…。(見当識障害、妄想、理解・判断力の障害)

話の中で管理人がボソリと自分の過去の事を語りました。「死を目の前にした」体験談です。鬱(うつ)にもなったそうです。

また、鯛焼きさんの言葉に対して(記憶が定かで無いので具体的な話はできませんが)管理人曰く「自分は表に出る気はない。何故なら出た途端に創価学会工作員に襲(おそ)われるからです。家族の身も心配云々」(趣意)と言う、かなりな人でもあります。(幻覚・錯覚、睡眠障害、妄想、せん妄、不安抑鬱、被害妄想)

 

管理人の本当の姿

「あなたは裸の王様だ」とも鯛焼きさんは言い切りました。言い得て妙です。

「裸の王様」のブログには一日約7千~1万のアクセス数があるそうです。「裸の管理人」が何度も「対話」の途中で自慢していたのが印象的でした。コメント数もそれに相応する数量が送られてきて、それ「全て」が「創価学会の欺瞞を証明している」のだ、とこれも自信満々の御様子です。(錯覚、せん妄、妄想)

しかし考えるべきは寄せられたコメントの「内容」です。どれだけの話が「事実と仏法教学に基づいた本当の事」を書いているのか、なのです…。

裸の王様は自分が「真っ裸」だと言う事に気付いていません。でも、周りに居る人間(コメント送付者)は、敢えて王様の気に障(さわ)る様な話はしません。王様にとって耳障りの良い話しかしないのです。「管理人の不都合な真実には決して触れない」…これはブログ全体に流れる目に見えない一種の強制力(空気)と言えます。

「あんた裸だよ。恥ずかしくないの?」などの「本当の事」は決して口にしないと言うブログ状態を常識的に考えると、彼(か)の管理人の言う「膨大に寄せられる学会の真実を記したコメント」類の本当の中身が見えてきます。

この手のアンチ系ブログに這い寄ってくる人間はほぼ全て「俯瞰中毒者」です。そんな連中が「まともな話」を寄せるはずはありません。彼等は自分が気持ちの良い話が出来ればそれでいいのです。「事実」「本当」「真実」の言葉など彼等にとっては何の意味も持っていません。その場でストレス解消が出来れば、現実の学会などどうでもいい事です。いや、逆にかき回して話が混迷を極めれば極めるほど、彼等の脳内麻薬は放出され続けるのです。

そんな「俯瞰中毒者」「学会活動途中放棄者」「面白そうな話の探り連中」だけを周りに侍(はべ)らせた「素っ裸のフルちん王様」が、これから一体全体どういう境涯になって行くのでしょうか…

彼は「バチ(罰)」の話もしていました。

口調は「罰など当たるものか!おととい来やがれ!!」と言う感じでしたが、一抹の不安も感じる文章にも感じました。自信がある様で、でも若干心配…と言う感じです。

そんな「不安抑鬱」や「理解・判断力の障害」は、ある種の人間には「幻覚・妄想感」と繋がっていくのではと言う進め方は、心身病理的には決して否定の出来ない事では無いかと想像します。

自分は表に出る気はない。何故なら出た途端に創価学会工作員に襲われるからです。家
族の身も心配云々

彼は意図せずこんな話をしました。この話をどう捉えるかによって、彼の中心部分が理解出来そうです。(幻覚・妄想感)

管理人の今、そして将来

「罰」はアンチ系、俯瞰中毒系の信じている「当たる」ものではありません。「自分自身に持っている宿業」が自分の生活に対して「悪さをする」だけです。罰は学会や天皇陛下、またトランプ大統領が「当てるもの」では無いのです。そう言う意味から考えると、彼は今現在「宿業の泥沼にどっぷり浸かっている」様に感じます。

彼は真っ暗な汚泥槽に浮かんでいます。すぐ横にあるパイプからは汚泥(ブログコメント)がドロドロ流れてきます。(宿業転換用の)停止用のバルブもかつては存在していたようですが、今はすっかり泥沼の底に沈んでしまっています。でも彼は「夢見る老人」です。自分は明るい日の光の中で幸せに生活しているんだという、白昼夢を見続けて現実を逃避しています…。

でもいつまで浮かんでいられるのでしょうか…。そろそろこの汚泥槽の天井まで泥水が来そうです。そうなったら溺れてしまいます。
でも自分の意志で開放したバルブですから、誰にも文句は言えません…。

管理人は「現在進行形の宿業」の真直中にいます。当人には自分の今の状態がさっぱり見えません。カエルが浸っている槽の中の、冷水から沸騰水になる迄、その間自分が死んで行くことに気付きもしない、と言う話と似ています。

自分の意向に沿ったコメントしか来ないブログに埋もれて,管理人の彼は今、人の意見を一切拒否しつつとても幸福なアンチ学会の有名ブログ生活を続けています。

「学会が崩壊してくれれば、朕(ちん)はとても幸せ♪」と夢に見ながら…。

これを「バチ」と呼ぶか「老人性認知症」と呼ぶか、または「相対的幸福境涯」と言うのかは、今のわたしには判断しかねることです…。

〇   〇   〇

アンチ学会の人は「学会に洗脳されて」が口癖(くちぐせ)です。しかし貴方達はこの管理人の今が、本当は一体どういう状態なのかもう一度真剣に想像してみるべきです。辛(つら)いかも知れませんが、立場を俯瞰(ふかん)で見て、何が本当の「事実」なのかを再度そして再度考えてみるべきだと思います。


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