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学会っ子の問題

母は、私が子供時代に創価学会に入会しました。父は学会を嫌っていましたので、それ以来二人は喧嘩が絶えなくなりました。

母は学会婦人部としての活動が忙しく、夜に家を空けることが多くなりました。親戚が訪ねてきても、母の不在を学会の活動のせいには出来ず、にとても苦労したことを覚えています。夕食は作ってくれましたが、その食器を洗っていなかったりすると帰宅した母に叱られていました。

その内に、お布施(広布金)を学会に出す様になって経済的にも大変でした。お金がないので、私の大学受験の塾にも行けませんでした。

そんな事が重なって、結婚をするときに私が「学会をやめる」と話すと、母や兄弟は大騒ぎをしたものです。

母は誰にも頼ることが出来なかったから、結局宗教に頼ったんだと、私はそう思っています。

今は、私の家庭は喧嘩もなく幸せです

〇  〇  〇

…学会批判のほぼ9割9分は、愚にも付かない屁理屈と偏見に満ちたものですが、数少ない同感の出来る、又納得も出来そうな批判の中に、「学会家庭での子供の立場」の問題があります。

上は学会婦人部を母に持つ女性が、自分の子供時代を綴(つづ)ったブログ記事を、短く要約したものです。

この記事に対して、2~3世以上の学会員は思わず口を閉ざさざるを得ない状況になるはずです。確かに納得出来る部分もかなり存在します。悔しいことに、彼女に対してはまともな理を尽くした反論が出来ません…。(日蓮教学上の問題とは別なものですが…)

「学会指導」にも、学会っ子に関してのアドバイスは存在します。その話を完全に納得出来る人も当然多々おられるでしょうが、しかし、彼等とて上記の話を読んで、果たして彼女に対してどんな反論が出来るのか、かなり悩んでしまいます。

子供にとって母親の存在は非常に大きいと言われますが、実際は子供にとっての母親の存在は彼(彼女)の「全て」なのです。(別問題として、この「全て」という意味が理解出来ない親がほとんどです…)

父親の不在は余り気にする必要もないのですが、自分の母親が夜に「居る・居ない」は、子供的には決定的なものが存在しています。そんな最重要な母親の存在を、私から学会は奪ってしまったという心理的欠乏感の経験は、当然の如く学会に対して憎しみ以外の何も残すものはないと言えます。

これに関しては「感情論」はともかく、現当二世(現在と未来)の原理から言って、「理性」の問題として今から話を進める以外にありません。

「理性」は大人になってから発達・成長するものです。これは知識や智慧、そして経験を元に、人間として自分自身で「作り上げること」が出来るものでもあります。子供時代の「傷」は一応横に置いて、今の大人になった自分の「理性」を持ってこの問題を考えてみることが必要だと思います。

学会批判者のほぼ全ては、意外なことに学会の知識を持っていません。

批判や中傷を散々しまくっている割には、「学会での座談会参加」、「聖教新聞購読(啓蒙)」、「各協議会参加」、「本部幹部会参加」等々(まだまだありますが…)の「経験」が全くと良い程無いのが現状です。加えて、先生の書籍購読等は一切していないし、しようともしません。ましてや折伏などは論外だと感じている人々が大半と言えます。そんな「学会完全無知連中」に、どうして「学会への批判」が出来るでしょうか…。

自分が知らないことに対して、一体全体、知らない「何」を批判しようとしているのでしょう…。不思議です。

批判は「当問題」(学会)をよく知るところから始まります。知らない、知ろうともしない人間は、そもそもその問題に関しての「発言権」を持っていません。そう言う人々が、「アンチ学会」と言う烏合(うごう)の連中の実際の姿なのです。

…前置きが長くなりました。

子供時代の経験は一応置いておいて、今は大人としての理性を働かせてこの「学会問題」を、今度は大人としての理性の目でもう一度見てみるべきです。

理性を作動させるには、先ず「知る」と言う事から始まります。と言っても学会に入会すべきとか、新聞を取るとかという話ではなく、本気で学会とアンチの言い分、及びその事実関係を冷静に分析しようと努めることが大事だと思う訳です。

具体的には、ネットでの学会情報に関しては、批判・肯定を同時に読むべきです。同じウエイト(重量比)で調べてみることが必要なのです。片側に寄り過ぎると、それぞれ両方にトラップが存在しています。トラップとは「偏見視」(学会至上主義も同義)のことです。ここに入り込むと、そう簡単には抜け出せません。そうなると普通の人は、その世界だけでしかものを考えられなくなります。当人は自分が偏見(事実を無視した思考方法)を持っていることさえ自覚出来なくなります。

これは本気で気を付けるべき事柄です。

次に、集まった資料の事実確認を出来得る限りすべきです。事実確認の出来ていない学会批判は星の数程存在します。典型的な例は「人間革命は代作されたもので、全て嘘」「学会員は学会から虐められている」「学会はお金集めが仕事」等というものがありますが、そんな下らない話を未だに信じ切っている人が、これまた星の数ネット上に蠢(うごめ)いています。

確認は簡単です。自分自身で調べた事実関係を自分の目で読み込み、自分の常識で消化し、そして自分自身の思考力でそれらの関係性を整理すれば良いのです。
面倒臭いとも言えますが、普通の学歴を持った人であればそんなに難しい話にはならないはずです。それが出来る人が常識的な「理性」を持っている人と言えます。結果どんな結論が出てくるかは、それは当人の問題になります。

しかしそれは、自分自身の本物の体験になるし、これ以後誰が何を書いていようとも流されることもなくなります。

考えましょう…。

本気で学会問題を考えるべきです。その上で「学会は駄目な組織だ」という結果になれば、それはそれで一つの「理性的」な在り方と言えます。

子供時代の「傷」は一生消えません。決して消えません…し、その「負の念(おも)い」も同時に一生涯付き纏(まと)ってきます。それを払拭(ふっしょく)する為に、今「理性的」になる必要があるのです。

今、本気の本気で学会問題と向き合わないと、昔の自分自身に「決着」は付けられません。決して…。

〇   〇   〇

わたしは、子供時代の自身の学会経験も、また娘の学会経験も(子供として、そして親として)両方持っている人間です。その経験を元に、この重い「学会っ子」問題をこう言う記事にしてみました。

「本気」の人に、この問題を「本気」で読んで欲しいと、わたしは「本気」で思っています。

学会っ子の問題ーⅡー①へ続く


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