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サイト「憂国の武士」を読む

「憂国の武士」なる、結構な造りの宗門系サイトがあります。通常のブログ形式ではなく、立派な「HPサイト形式」で作られています。管理人は、若しかしてネット関連の仕事をしている人なのかもしれません。

それは兎も角、先ず当サイトの序文に、学会破門の理由をこう記しています。

「…法主・宗門からの、たび重なる教導・制誡(せいかい)に対しても、一片の反省懺悔(かいご)すら示さないため、もはやこれ以上、本宗信徒団体として放置しておくことはできず、ここに、日蓮正宗からの破門を通告するものであります

HPの知識は人一倍持っている当管理人。しかし、創価学会の問題に関しては何の知識もなさそうです。

この「教導・制誡」に関して、創価学会が「反省懺悔」しなかったという「事実」を、一体全体どこから仕入れてきたのでしょう…?そして、日顕やその取り巻き連中が、創価学会に対して「いつからいつまでの期間」「教導・制誡」を「たび重ねて」行っていたのでしょうか…? それらに関しての情報は一切書かれていません。
理由の書かれていない結論は、単なる「中傷」でしかありません。その中傷的運営方式が、当サイトには徹頭徹尾行き渡っています。

つまり、このサイトは単なる「与太話サイト」なのです。

何故そう言い切れるのか、その「事実」を、或る重要なコンテンツ記事から見てみたいと思います。当管理人の日蓮教学の無さがどれだけのものか、読み進む内に全身で堪能出来ます。(余り長文ではないので、出来れば原文を読んで下さい)

当HP表紙の左右にコンテンツ欄があります。右側の上段に、「反戦・平和で投獄は嘘」と言う項目があり、それを開くとサブコンテンツとして「シアトル…の真相」の与太話が上段部分に、下段部に「創価教育学会が“反戦・平和で弾圧された”は嘘」と言う「文春砲的嘘八百話」が掲載されています。
今回は下段部のそれを読み解いていきます。
当管理人の日蓮教学・歴史力の無さが、どれだけのものなのか、嫌と言う程よく分かります。更には、彼の信心の無さも存分に楽しむことが出来ます。(「日顕教学」に関しては溢れる程詰まってはいますが…)

曰く、「日蓮正宗の戦時中の神札授与、戦争翼賛は、当時の軍事政策での世の雰囲気からすると、全く仕方のない話であった。700年来の日蓮正宗を護持することが、戦争よりも大事な事であった。軍部からの弾圧をかわす為にはこれが最善の方法だった。

…学会の三代会長達は右翼思想を持ち、アジア蔑視、更には再軍備主義者である。実際彼等は、反戦・平和思想主義者ではない」(要約文)

死身弘法」と言う言葉も文字も、生まれて一度も見たことのないこの管理人。典型的なアンチ学会系十八番(おはこ)嘘八百話、そして牽強付会、また換骨奪胎等々…。日蓮教学も、歴史事実も糞(くそ)食らえの宗門擁護、戦争翼賛的誤魔化しの、屁理屈そのものの記事です。無茶振りもここまで来ると、「世界迷作文学全集」的な雰囲気も出てきます。

更に彼は自己弁護を続けます。

「…(当時)若し反戦・平和など叫ぶと非国民の烙印を押されてしまう。現在は進歩的文化人の多くも、戦争中は先頭に立って戦争を礼賛していたのです。既成の仏教集団も、皆、戦争中の戦争協力を認め、反省し、自己総括した上で、今日“反戦・平和”を唱えているだけなのです

…これが宗門の根本思想なのです。
戦時中に宗門が行った「事実」は棚にしまい込み、そしてほとぼりの冷めた現在を涼しい顔で謳歌(おうか)するだけなのです。創価教育学会初代会長を軍部権力側に「売った」という事実も、当然の事、正しかったのだ…とも。

「…戸田城聖は右翼思想の再軍備論者、池田大作は金をバラ撒いて勲章や名誉称号を貰っている。彼等は平和主義者などではない

…ここまで来ると芸術品と言えます。嘘にも限度があることを、彼は全く理解していません。
牧口先生が「戦争反対」を言い切って、そして獄死されたことは歴史上の事実です。資料にもはっきり残っているのです。戸田先生が核兵器を「悪魔」と叫ばれたのも、否定しようのない事実の話です。池田先生が、世界の広宣流布そして平和行動に対してどれだけ死身弘法をされていたか…。

「事実」と言うものから全く目を逸らせて、嘘話しか出来ないアンチ学会の典型人間をここに見る思いがします。「三猿」、「思考停止」は彼等の得意技です。

そもそも彼には全くの信心と言うものがありません。彼の教学理論がどれだけいい加減で、しかも驚愕的なものか、以下の説明を読んで頂ければ一目瞭然です。

因(ちなみ)に、この歴史上の話は、学会教学試験の「助師」(教学試験の一番初めのクラス)程度の時に、普通に勉強することだと言うことは、断るまでもありませんね…。

鎌倉時代は武士の台頭の時代でもあり、彼等の帰依する「念仏」の世でもありました。その時代に日蓮大聖人が現れ、そして「南無妙法蓮華経」の題目を世に拡げようとされました。

武士とは、殺人を業(なりわい)とする職業集団です。その武士階級が、鎌倉及び日本全土を支配していました。その危険極まりのない、よりも拠って武家の中心地である鎌倉で、「題目第一」そして「念仏無間」の話を出す訳です。どういう意味を持つのかは、大聖人の歴史を勉強された学会員は理解出来ます。時代は、我々の経験した戦時中よりも遙かに危険な時代だったと言う事は、言うまでもないことです。

件(くだん)の管理人の理屈から言うと、大聖人は念仏に遠慮して題目の広宣流布を中止した方が良かったと言う結論にもなります。彼はどう感じるのでしょうか、この話を…。

大聖人が、結果どういう行動を取られたかの「歴史の事実」は、創価学会員であれば全員理解しています。
知らないのは、宗門とアンチ学会、そしてこのHPの管理人だけなのです…。

〇   〇   〇

かなり立派なHP表装です、このサイトは。小さな所まで考えられていて、非常に感心する所でもあります。しかし彼は、信心に関して、日蓮大聖人の歴史に関しては全くのド素人です。こんな連中が創価学会の、果たして「何を知っている」と主張するのでしょうか…?

…若し機会があれば、腹を割ってじっくりと聞かせて欲しいものです。


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2件のコメント

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