メニュー 閉じる

民衆を「愚民」と言い捨てる、坂元祐一県議

高校時代に、母子家庭だと見下して、創価学会の釈伏が毎夜のように続いた。『信心して、お蔭で裕福になれた!』と云うバカもいる。
『あの人は何故死んだの?』と聞くと、『信心が足りなかったから!

こんな「不満」を抱えて数十年…。
鬱々とした人生を送っている、そんな明るい毎日を過ごす「学会退転者さん達」も、世には多分大勢居られるはず。

確かに草創期(昭和20~30年程)には、信仰の有無(厚薄)と人生途中の突然の死に関していわれのない話を持ちだしてくる創価学会員も、個人としては多かったようにも思えます。
その事が信心上でかなり間違った解釈だったことも、これも確かですし、そのこと自体、創価学会としても、又学会員個人としても反省すべきではあるとは私も痛感しています。

しかし今、世は令和の時代。本来なら鉄腕アトムが空を飛び回っているはずの21世紀。
今だに半世紀も前のことを持ち出して、延々と恨み辛(つら)みを書き続けているブログを読んでいると本気で腹が立ってきます。
おまけに「創価学会の釈伏」、などと言うさっぱり意味不明の言葉を晒している人間には、逆に学会の一体何を知っているのだ、などと言う文句も出てきそうにもなりますが、ここは我満我満……(‘-‘*)
釈伏」とは、多分「折伏」のことを意味しているのだろうと想像しますが、こんな基礎の基礎の事も知らずに、一体学会の「何を」批判をしたいのでしょうか?

〇   〇   〇

閑話休題『なめんな』ジャンパー

葬儀の案内に『友人葬』とある。
これは、創価学会主催の葬儀だから、その時には香典を出さない。
出しても遺族には届かず、創価学会への寄付と見做されるからだ

これは「現代」の学会の話の様です。
友人葬」は学会発祥の葬儀の在り方です。
香典」を出さないと言う方法に関しては、学会員を含めて参加される人々に出来るだけ負担を軽くするための方法論なのです。

昔の学会葬は、今はすっかり閑古鳥の鳴いている某弱小宗門の坊主の参加があったので、しこたまの葬儀料を払わなければ葬儀自体が出来なかった訳で、香典料も彼等に合わせて「しこたま」の金額でした。
今は昔のそんなお話ですが、現代の友人葬はそう言う負担は出来るだけ軽く済ませるような、そんなものになっています。

彼はつまり、「坊主に対する香典」と「遺族に対する香典」を全くごっちゃ混ぜにして話を進めているという、その手の「お馬鹿なお人」なのです。
知らない」と言う事は、ほぼ無限の想像力を羽ばたかせることの出来る無制限の「茶飲み話」になるようですね。

学会葬儀に、4回ほど出たことがある。
遺族は端っこに追い遣って、『南無妙法蓮華経』の大合唱だ。
が、お題目だけの合唱だから、天にも届かず、仏は迷っている。
つまり、釈尊の教えがないのである。
教えが無ければ『お経』とは言えないから、邪教だと知れる。
しれても、それ以上に導く導師もいないし、第一、創価学会員には難しい

題目への「感想」は個々自由なので兎も角として、ここにも彼の学会知識の無知さ加減が大爆発!
彼には、日蓮仏法と釈迦仏法の根源的な相違が全く理解出来てません。
彼に関しては、仏法哲学・教学の歴史も、さっぱりなお人だと「断言」した方が分かり易いかも。

その故の「導く導師もいない」などと言う戯言(たわごと)。
今、奈良・平安の仏教時代か!?」と思わず叫んでしまいそうにもなります。

県議会での公明党質問の大半は、生活保護や医療給付に関することだった。
ある議員は年から年中、『し尿汲み取り』に関すること。
別の議員は、建物の『清掃管理委託業務』に関することで、これ以外はない
周囲を見回してみたら、浄化槽管理業者やビルメンテナンス業界は創価学会の巣窟。
なるほど、特定利害業者との癒着があるのだ

ブログの彼は県会議員のようです。
県会議員さんって常識として考えると、それ相当の知識も常識も持っていそうにも思えますが、この彼のブログの知識量からするとそんな常識など吹っ飛んでしまいそうに思えます。

「し尿汲み取り』『清掃管理委託業務』とは、要するに下流職業の職業に就いている人々のこと。
つまり公明党という政党とは、ブログの彼のような上流階級の人間が触れることも考えることも出来ないような下賤(げせん)な下らない仕事ばかりを請け負っている、どうしようもなく情け無いそんな人間共なんだ、と言う彼の主張なのです…。

 然るに、私の仕事はボイラーマンです。
途中抜けはありましたけども、人生この仕事でずっときました。
ボイラー1級や冷凍機3級、更には電気工事士等十数個の免許を持っています。
ボイラー技士に関しては誇りを持った人間の一人です…。
ビルメンテナンス業界」とは、私自身の人生の広場なのです…。
…まあ、おまけに創価学会員でもありますし。

彼は「癒着」という言葉を使用しています。
癒着とは、辞書ではこう記述されています。

好ましくない状態で強く結び付いていること。例…「政界と財界が癒着する」

 無能な県会議員の彼は、創価学会とビルメンテナンス業界が「癒着」をしていると「断言」するのです。
しかし、これには二つの「致命的な事実」が存在します。

一つは、私自身の仕事を考えて見ると、過去現在に於いて、ビルメンテナンス業界と公明党との癒着話などは全く聞いたこと見たこともない、と言う「事実」。
そして一つ彼は、政治家とは上流階級ばかり相手をすべきであって、公明党のように下劣な仕事をしている人間とのお付き合いなどは一切すべきでもないし、また力を注ぐべきでもない、とそうハッキリ断言している「事実」。

馬鹿な話もここまで行くと、「落語」に近くなります。(落語家さんには迷惑でしょうけども…)

〇   〇   〇

愚民と、邪教と、政治屋が一緒になるから始末に負えない

上流階級との癒着」大好きなブログの彼は、最後にこんな言葉を残して又々県の会議に出て行きます。

彼は民衆を「愚民」と呼び、仏教教学の一文字すら見たこともないくせに日蓮仏法の事を「邪教」と断じます。
さて、自分を「政治家」なんだと完全に勘違いしている「政治屋」の彼、これから一体全体どんな「素敵な県政」を行っていく事でしょう……?????


関連記事

知らない仏教をさも知っているかのように話す、そんな人

くたばれ学会、公明党…と言うお話

例の如きの「創価学会の真実」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。