メニュー 閉じる

偏執狂翁の今日のお言葉

2013年度の衆院選挙時に、民放で池上彰氏が公明党候補の佐々木さやか氏にインタビューした、その時のお話です。

「公明党と創価学会の関係、政教分離の憲法の原則に違反しないのかどうかという質問が(視聴者から)ありました。これにはどのようにお答えになりますか?」と問いかけた。佐々木氏はこの質問に対し、次のように言い切った。
「政教分離と言いますのは、政府ですとか国が例えば個人の宗教を制限したりとか押し付けをしたりとか宗教に介入をすると。それを禁止をしている原則でございます。ですから例えば創価学会の皆さんが公明党を支援してくださると。それは通常の支援と同じものでありまして、政教分離には反しません

至極当たり前の、法的にも一般常識的にも何の問題もないこの「返答」に関して、しかしかなりのご不満のブログの翁さん。
この質問に対し、次のように言い切った」と言う物言いが、彼の公明党の政教分離原則に関する在り方への(有耶無耶とした)異議申し立てとなっている感じがします…。

金策翁の許さん!!ブログ…公明党と創価学会「こんな世間に誰がした」

〇   〇   〇

更に、今度は彼の幼少時代の「体験」を持ち出します…。
少々長くて下手くそな文章ですけど、内容は若干の面白さもありますので、余り省略せず掲載します。

翁が小学生の頃、近くのお寺(が)子供達の遊び場(だっ)た。皆でかくれんぼや缶蹴りをやって遊んだものじゃよ。当時は平和な時代じゃ、小便とかはそこらの草むらにしておったよ。
ところが、友達の一人が創価学会員の子で、小便を平気で石碑や墓石にかける。翁が注意すると「他の宗教は邪教だから、これが功徳になる。」というようなことを言って改めようとしない。
(自分の)家族に話をすると「お前まで真似してないだろうな?」と、ひどく怒られたよ。
子供心にもそうした行為は良くないなと感じたもんだ

2013年度時点で「(おきな=老人に対しての古語)」と言うぐらいですので、多分年齢は現在60才、若しかして70才程度のお人かも知れません。すると、お寺で遊んでいたのは大体小学~中学生程度でしょう。当時の年齢は大体14・5才程でしょうか。
で、簡単な足し算と引き算をした結果、概略ですけど彼の話す子供時代は、昭和30年~40年頃のお話だと考えます。
その当時は彼の言う通り、今から考えれば「平和」な時代だったとも言えそうです。
小便も大便もどこでもしたい放題。ノスタルジックな時代だった感じですね…。

創価学会は、昭和25年頃から第二期の活動に入りました。と言うよりも、ほぼ「草創期」と呼んでいいそんな時期でした。
大体どんな組織でも「草創期の活発さ」と言う状態は例外は余りないはずです。
活発さ」とは要するに無闇矢鱈な活動時期、と言う事。
この活動状況は創価学会と言えども避けては通れなかったようですし、更には日本全体が、戦後の雨後の竹の子の如き活発そのものの生活向上活動もありました。
一言で言えば「エネルギッシュ!」。今は昔のそんな時代でした…。

翁が話す学会員達のこんなエピソードも、多分他にも数多くあったのではないかと思います。
ましてや戦前の牧口先生の指導は「罰論」でしたので、罰を中心にした信心活動の余波がまだ完全に消えてはいなかった、そんな時代背景もありました。

学会組織としても学会員個人としても、色々様々な信心上での「ミス」もあったと想像します。
その事を否定するつもりはありませんが、しかし上に挙げた彼のように半世紀以上前のたった一つのミス(しかも子供!)を何故延々と非難されなければならないのか、そこに疑問を感じるのです。
ハッキリ言って彼・金策翁氏は、余りにも「老人性偏執症過ぎ」だと思うのですが、言い過ぎ?

翁が大学に入りたての頃、そこそこのクラスの新車価格が130万円程度の時に、高卒でスタンド勤務の知り合い創価学会員がいたよ。
80万円の仏壇を買ったから、毎日拝んで金持ちになるんだ」って・・・どうしようもねぇなと思ったが口には出さなかった。
それにしてもこんな買い物をさせるとは余りに惨いなとその時に感じたよ

偏執症の翁氏が大学時代というと、多分昭和50年過ぎの頃だと思われます。その当時の80万円というと多分今の150万円以上になるかと…。
かなりの金額です。おまけに高卒の新入社員ですから、尚更ですね。

が、よく考えて貰わないと駄目な事は、仏壇を買ったのは、その彼の純粋な信心上でのことだと言う事と、彼の中心は(翁が偏執的に考えているような)仏壇ではなく、仏壇の中に御安置する「御本尊」だったと言う、この二つの事実、そしてもっと大事な事は、信心の目標として「お金持ちになるんだ」と言う決意をしていた彼は、間違いなく真っ当な創価学会員だったと言う事。
そんな彼を中傷できる権利など、たかが偏執狂の死に損ないの翁程度の人間に、一切ある訳がないと言う事です!

偏執狂さんは、仏壇を創価学会から「買わされた」と、彼自身のほぼ全人生の60年間と言う期間叫び続けていた訳ですけど、そもそも仏壇店と創価学会は全く別組織だと言う事に彼は気がついていません。
仏壇屋さんは、確かに商売でそう言う方向には仕向けたかも知れませんが、それに関しての創価学会の関与は一切ないのです。

上述もしましたが、当時の学会全体は草創期の気分がまだ抜けきれなかった時代でもありますから、そんな浮ついた話も多々あったはずです。
しかし、それを全て創価学会の組織が「させた」という方向に持っていくことは、これはハッキリ言って間違っていますし、そもそも論として彼は全く学会活動への理解力も知識もない人間です。
そんな無知蒙昧な人間にこう言う「信心の機微」など理解できるはずはありません。

〇   〇   〇

日蓮宗だと言いながら本山から破門され、高額な仏壇を売り付け、選挙が功徳。
どこかおかしくないか?
宗教って何?、宗教団体として何を具現化しようとしているの? まるで見えません。
単に金儲けと権力闘争しているとしか映らないんだよ

偏執狂翁氏の学会無知識の最たるお言葉が、これ…。
創価学会が「日蓮宗」から破門された事などは、過去数千年に渡って一度もないはずなんですけど、何故か彼はそう確信しているのです。
更には、何十年も昔の高額仏壇の話とこの日蓮宗の破門を同時に持ってくる、そんな目茶苦茶な「都市伝説」を創造してしまうそのいい加減さと破廉恥さ。

また、彼は創価学会員として選挙活動をしたことが、たった一度でもあるのでしょうか?
当然ないはずですが、一度の経験も無いそんな選挙活動を、一体どう言う屁理屈で「功徳がない
と言い切るのでしょう?
どうにもこうにも、この偏執狂翁さんの狂乱振りが目立つ、今日この頃です…。

最後に狂乱偏執狂翁氏の最後のお言葉を掲載して、当記事を終えます。
よく読み込んで下さい。彼がどれだけ仏法、特に日蓮仏法のことを知らなすぎるのか。
本気で身に染みるお言葉ですので、心してお聞き下さい…(‘-‘*)

以前にも書いたが、「自分自身を灯明とせよ」というのが釈迦のお言葉。
教義を学んだ後は、特定の人物や教団を頼ってはいけないと、釈迦自らが言っておられるのですよ。
翁は別に宗教に詳しい訳でも何でもないが、電車通勤で高齢の方や妊産婦の方に席を譲ってあげる
とか、出きることだけはするようにしています。 宗教とか大上段に構えるのではなくて、
皆が一日一善、ちょっとした心掛けで世間様は変わってくると思っていますよ


関連記事

もう一人の精神破綻者の「お話」

憲法20条の「政治上の権力」を考える

自語相違の生き方

1件のコメント

  1. ピンバック:MC無間地獄の彼女 | MonLinGen

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。