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裏返しの「庶民」感情

庶民、と創価学会及び公明党の方々は良く仰る。『庶民』の人々の暮らしがどうの、『庶民』の税金がどうの、『庶民』『庶民』『庶民』・・・。
これだけ連呼されると『庶民』て誰ですか?と聞きたくなる

学会が庶民と連呼する事に対して疑義を呈しています。
さて、庶民とは一体何物なんでしょうか?
ブログの彼女は辞書を引きます。

『辞書によれば庶民とは、世間一般の人々。特別な地位・財産などのない普通の人々』の事を指す。
しかし今のご時勢これをそのまま当てはめて良いものか疑問に思うのは私だけだろうか。(また)『特別な地位』というのは主に血脈の事らしく、昔の貴族などが該当するらしい

そんな庶民知りたがりブログが、これ。

神無月と創価学会…「庶民という劣等感

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血脈」と言う話になると彼女の独断的な決めつけでしかありませんが、まあ、上段の「辞書によれば…云々」説明は合っているのではないでしょうか。
貴種でもないし、また今は何処にも存在していない「部落的」な人種でもないでしょうし。
普通の人々」が学会で言う庶民なんでしょう。

しかし、彼女は敢えてこう言う言い方をします。
学会批判者独特の庶民に対する考え方…でしょうかね。

世間一般の、低所得層の人々。
こうした方が、公明党が年始に連呼していた『庶民』にしっくり当てはまるのではないだろうか?

何となく地味に幼稚な学会の貶(おとし)め方……。
で次は、もう少し理論っぽい言い方になりますが、こんな話も彼女はします。

『庶民』と呼ばれるとき、そこに人権は存在しない。ただのヒエラルキーがそこにはある。
私には自分が庶民だという強い自覚は無い。それ故に、力に対して別段欲求は無い。しかし創価学会員は庶民の自覚が強く、権力財力に強い羨望を向けている。その劣等感は学会員の特徴でもある

庶民とは上にも書きましたが、単に「普通に生活している人々」でいいのですが、どう言う訳かブログの彼女はこう言うある意味自分自身の偏見感の強固さを見せつけようと頑張ります。
あたしは偉いんだ、だから学会の庶民なんぞと一緒にしてほしくないわね!
と言う感情がモロ見えの、彼女の「庶民」感覚。

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羨ましいんだろう!と学会員は非学会員に言うが、それは己の痛ましい劣等感の裏返しにしか見えない

学会員の誰が庶民の誰にこんな言葉を発したのかは、彼女の頭の中にしかその記憶はないのですが、彼女は、とは言いつつも兎に角創価学会員が気になって仕方がありません。
徹底的、且つ陰険そのものの自己破壊的な「劣等感の裏返し」の感情が渦巻いている、そんな面白ブログの紹介でした…(‘-‘*)


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