メニュー 閉じる

…そしてその後

Ⅲ-事実経過・後遺症ゼロの体を目標、そして退院へ戻る


先日、義母の家にお土産を持って遊びに行ってきました。
今回の選挙応援で、の「アッシー君」(死語?)として、また地方の物産と個人的な嗜好(旨いもの食べ歩き)、そして、主役の選挙応援を妻が行っているのを、心の中で「がんば♪」と叫ぶ事を主なものとしたものです。
居間でお茶を飲みながらこんな話をしてくれました。

「あなた(私のこと)と同じ時期に倒れた、あのAさん。今だに車椅子の生活送ってますよ…。
流石にあの子(A婦人)も今回の事に懲りたのか、ウチに遊びに来た時、以前は見向きもしなかったお仏壇に、無言のままだけど中の御本尊を見るようになったみたい。でも、まだ題目はあげないけど…。
実を言うと、あの子が来る時には、わざと仏壇の扉を開けて待ってるんだけどね…」

…色々考えさせられる話です。

〇   〇   〇

A氏は義父の実弟です。亡くなった義父に似て、少々脳天気なところもある人間です…。またA氏夫婦は、信心拒否、そして更には学会批判史のとても長い人々です。
しかしその彼等の生活が、去年激変しました。
「脳梗塞」で倒れ「左半身完全麻痺」、そして「車椅子」の生活者となったのです…。

車椅子はともかく、どこかで聴いたようなお話です……。

ウチの義母は、信心バリバリの学会婦人部です。
今は、年齢的、体力的に大分ガタが来ましたので、遠くの会合等はセーブしています。下手に外を歩いて転倒・骨折でもしたら大変です。同居中の義母の娘(ウチの妻の妹)が抑(おさ)えているのです。
でも、私が妻と一緒になった当時の彼女は、文字通り「Power全開!24時間不眠不休で戦えますわよ!!」のバッリバリ学会婦人でした。
当然「池田先生第一」の人でもあります。

そんな義母は若い時から、A夫婦にも折伏の手は緩めませんでした。しかし、やはりと言うのか、当然の反応と言っていいのか、彼等は信心の話など一切受け付ける事はありませんでした。逆にA婦人からは、義母に対して強烈な学会批判を繰り返すばかりでした。
まあ、我々の活動ではよくある悲喜交々(こもごも)な日常風景です…。

A婦人は尋常ならざるお喋りおばさんです。私も数回お相手をした事がありますが、兎にも角にも「間髪を入れず」と言う程の怒濤の如き言葉の数々を、延々と繰り出してくる人です。話す内容の空虚さはともかく、「量」の凄さは半端ありません。
義父のお葬式の時に私の長女もその洗礼を受けましたが、流石の彼女もかなり閉口していたようです。
そんな荒波の如きの「学会批判」の数々です。どんな感じかは想像付くかと…。

そしてまた夫のA氏も信心のあれこれなど頭に入れる人ではありません。それどころか彼は彼で、ここでは話せないような酷い事を義父夫婦にしていたのです…。
そんなこんなの状態が、かれこれ数十年。しかし(…だから?)、その間彼等A夫婦には様々な難儀な事が起こりました…。

A夫婦は、かつて花屋さん経営をしていました。でも、理由は知りませんが、いつ頃からかその店を畳んでいました。その後喫茶店の経営もしていましたが、結局借金を作って店を畳(たた)んでしまいました。また、彼等の娘も離婚していたと言う話です…。
その上彼は、近頃少々「ボケ」がかってきたようなのです…。
なかなかに「絵に描いた」ような、そんな学会批判者達の「行く末」だと言えそうに感じます。

さて、そんなA氏が「去年」(2018年)倒れました。
病名は「脳梗塞」。そして「左半身完全麻痺」の重症。継いでと言っては何ですが同じく「去年」のこと、私も彼と同様の「脳梗塞」で入院、「左半身完全麻痺」となっています。
余りにも「うり二つ」のお話です。「偶然」にしては意味深過ぎる様にも感じます…。

こんな話、世の中にはそんなに多く発生するものではありません。「学会員」と「学会批判者」が同時期に、全く同じ病名・症状の病気になった訳です。
「感情論」や「中傷論」、また「偶然」が入り込む余地は何所にもありません。
この二つのサンプル(私とA氏)に違いが出ているのでしょうか…?
若しその違いがあるとして、原因は一体何なのでしょうか…?
信心上から冷静に見て、問題にし得るものただ病後の「結果」です…。

かつて牧口先生は、学会の信仰を「生活実験」と表現されました。
宗教を自身の生活に適応して、そしてその結果がどうなるかを観察しようと言う、そんな意味の話です。流石、当代一流の科学者の考えそうな、そんな表現方法です…。
そして、その御弟子さんの戸田先生は、同じく日蓮仏法を「科学」だと断言しました。
更に池田先生は「方程式」と呼びました。

三人の先生方は、日蓮仏法の実践をそれぞれ別の言い方で話していますが、しかし帰する意味は全く同じです。「実験」や「科学」、更には「方程式」とは要するに「再現性」がある、そして、日蓮仏法を信仰すれば必ず結果(功徳)が出る、と言う話になります。

各先生方がそれぞれ断言された「科学的」な実践論から見ると、私とA氏の「脳梗塞・左半身完全麻痺」は一体全体どう解釈出来るのでしょうか…?
病名、病状は同一で、違いは「二人の行動」だけです。一人は信心を(真面目では無いけども…)続けていた学会員。片やその信仰を批判していた人間です。
「信仰批判」が重要な要素になっているようです……。

さて、私の「結果」はここでは繰り返しません。記事にしていますので興味のある方は一読して下さい。
学会批判を繰り返してきたAさん(及びA婦人)は、義母のお話では、現時点(2019年4月)でまだ車椅子の生活が続いている状態です…。
彼の病状・生活を詳しく聞いてみると、飽くまでも個人的な感想ですが、これ以上の回復(立つ、歩く)は見込めない様に思えます。

私の入院時の担当医のお話ですが、一度脳幹で体幹に繋(つな)がる神経が切れてしまうと、基本的にもう元には戻らないそうです。少々の努力や根性などでは手足は動くものではないのです。(文字通り経験済み)
人間の体というものは怖いところがあって、動かない体の部分があると、脳がそれを「不必要」と判断して、そして勝手に切り捨ててしまうのです。そうなると、今度は本当に動かなくなります。
これは、「中傷」や「感情論」として話しているのではありません。
A氏の年齢、体力、精神力等を考えると、どんなに楽観視してもやはり絶望的にならざるを得ないのです。

これは、実際に体験した人しか、理解も想像もする事は出来ないことです。

「トイレに行く」ことだけを考えても、想像以上の不便さがあります。ましてやその他の日常生活になると…。そして同じ事は、パートナーであるA婦人の人生にも同様に被(かぶ)さってきます…。(それ以上…?)
「不幸」と言う言葉は適当ではないでしょうが、しかし、「究極的に不便」だと言う事は間違いなく言えるようです。
…これが、日蓮仏法上の冷厳な結果になります。誰にも否定出来ない「方程式の答え」なのです。

…しかし、そうは言いながらも、義母はやはり学会員です。心底からの「創価学会員」です。批判者や退転者達が馬鹿にする「バリバリ」の学会員なのです。
「バリバリ」を「慈悲」の異名と考えると、義母もやはり「慈悲」(バリバリ)の塊(かたまり)の人間です。
A夫婦に様々なことをされた歴史があったとしても、義母にとっては彼等はやはり可愛い義弟や義妹なのです…。

義母は、そのあともA婦人に折伏を試みています。
その「途中結果」が、冒頭の話です…。

A婦人は、義母宅に遊びに来た時は上述したように御本尊は見ますが、題目はまだまだのようです。
まあ、女としての意地もあるでしょうし、今までの「学会批判」の後ろめたさも若しかして持っているかも知れません。また、今更義姉に「負けた」と思いたくもないと言う、負けん気のプライドもあるのでしょう。
しかし、彼等A夫婦の現在の状況は、そんな悠長な「プライド」や「感情論」を弄(もてあそ)んでいるヒマがある様には決して見えないのですが…。

…そんなこんなのお話を聴かせて貰った、今回の義母宅訪問でした…。
そして、私自身遅まきながらも、やっと今回の「脳梗塞入院」の「信心上での意味」が一つ理解出来たような気がしています。

「願兼於業」

普通の学会員であればこの言葉は説明不要でしょう。
意訳すると「使命」とも呼べます。

まあ、個人的には今回のものは少々難儀で、酷く痛い「使命」でしたが、何とか一つ果たした感じでもいます。
でもしかし、一人の人間の信心の「使命」は他にも多々有るようなので、また別の何かが新たに出てくるかも知れません。
若しかしてもっと酷い状況が起きる可能性も、あり得ます。

でも、「使命」の放棄は、やはり許されません。面倒いことですが、最後の最後まで信心を軸にして遣り切るしか途(みち)はないようです…。(消極的…?)

〇   〇   〇

さて、今回の「結論」です。
はっきり話します。「信心の結果」は必ず出ます。そして同時に、「批判の結果」も間違いなく出てきます。
その「事実」を、本気の本気で考える事が出来る人間がたった一人でも出てくると、多分学会批判の世界はガラリと変わるのではないでしょうか…。

そんな「脳梗塞顛末」の事後譚でした…

(参照…脳梗塞入院での顛末-Ⅰ


関連記事

職場での小さな「宿業転換」の話

何故学会の信仰を続けているのか

「感得」のこと

2件のコメント

  1. ピンバック:Ⅲ-事実経過・後遺症ゼロの体を目標、そして退院 | MonLinGen

  2. ピンバック:信仰の継続と言うもの | MonLinGen

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。