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宗教はすべからく、金じゃ!!

「日本には様々なカルト宗教が存在しています。その中にある、オウム真理教と創価学会」

と学会三世で、且つ退転者の彼女が話します。
彼女は、創価学会の存在をいとも簡単にオウム真理教と同列に扱い、同じように学会に対しては何の抵抗感もなく「カルト組織」だと断言します。

オウム真理教は、様々なテロ行為を「実際行動」として行った実績が存在します。
しかし、創価学会がテロ行為を現実として行っているのかどうかを考えると、彼女には全くその証拠は出せないはずですが、その事に関しては完全黙秘を決め込んでいます。
もし出せるのであれば、この彼女のブログで数限りなく出されているはずですからね…。
そんな彼女の暴論暴言ブログが、これ。

阿鼻叫喚!創価地獄…オウム真理教と創価学会

「どちらもインチキな金儲け詐欺団体で有名なのですが、片方はあっけなく破綻して分裂してしまいました。もう片方は衰退気味とはいえ、未だにその勢力は衰えていません。
どちらがどちらかは、もうご存知かと思います」

彼女は「腹に一物(いちもつ)背中に荷物的」に、そうお話を進めていくのです…。

〇   〇   〇

「なぜオウム真理教はあっさりと破綻して、創価学会はしぶとく生き残っているのか、私なりに考えてみました」

オウムの警察沙汰は当然のことでしょうが、学会の「しぶとさ」は彼女の方がよ~くご存じだと思います。
それとも退転した瞬間にすっかりお忘れなのでしょうか?
余り無さそうに感じる彼女の「考察力」で、さて学会の実態の一体何を考えようとするのか、とても不思議に思えてきます…。

「まずは各教団の集金システムの違いが考えられます」

彼女の第一声は、宗教組織は先ず「集金」が大事だと論じます。
彼女は、自身の家族と学会の教育で一体全体「」を教えられてきたのでしょう?
彼女の個人的興味の対象が、やはり「お金第一」なんでしょうかね?
まあ、こんな歪(いびつ)な精神の持ち主は、やはりさっさと退転してくれて学会にとっては最良に幸せだったと言うべきなのでしょう。

そんな彼女は、更に続けます…。

 「オウム真理教は、基本的に出家制度がメインとなっています。逆に創価学会は、在家制度がメインです。
(略)真理教は出家をする際に、自分の財産の全てを教団に寄付する事が義務付けられています。(略)一旦出家させて教団の施設に入れてしまったら、あとは教団側がその信徒の衣食住の面倒を見なければならなって(無駄ばかりが多くなりますし、) いつかは必ず収支のバランスが崩壊します

 頭の空っぽな彼女は、宗教組織の「金蔓(づる)の元」を出家・在家と分けて考えます。
理論的に考えているのかどうなのかチョイと迷ってしまいそうですが、兎に角彼女の基本の基本は「金じゃ」と言う事には変わりはありません。

「創価学会は完全に在家制度にする事で、教団側が信徒の衣食住の面倒を見る事もなく、なおかつ教団の運営費を安定して徴収する事ができます。
在家信者であれば職業を自由に選択できますから、収入の多い信徒からは多額のお布施を巻き上げる事も可能になります」

故に創価学会本部の連中は、在家信者から流れてくる「」を安定して待っていればいいのだ、と言う「お話」の流れです。
何処まで行っても「金金金金…」の彼女です。

「また、洗脳が解けないように定期的に会合を開いて信者同士を見張らせたり、池田大作の著書を買わせたりして、教団にお布施を貢ぐマシーンへと教育されるのです」

」でなければ今度は「洗脳」です。
まあ、確かに自身の学会批判者気質は、有象無象のネットの学会批判サイトからしっかりと刷り込みは受けている様ではあります。

〇   〇   〇

そんな彼女は、創価学会からいじめ抜かれた自分の半生だったと主張します。

「私のこれまでの人生から考えてみても、創価学会をどれだけ信仰しても幸せになることは100%あり得ないと断言できます。
私は創価学会3世なので、自分の意志で創価学会に入ったわけではありません。
創価の家に生まれたから強制的に創価学会員にされてしまった、それだけです」

強制的に創価学会員にされて」と話します。
これも学会批判者の常套句になります。
だから何…?と問い掛けたくもなりますが、彼女は何も答えずに更に自分の追い詰められた人生を騙り続けます…。

「物心がついた頃から、家庭内では常に揉め事ばかり。学校に行ってもいじめられる。
何をやっても全てがうまくいかない」

そんな子供時代を経験したから学会が嫌いなのだ、と言う「お話」。
イジメと創価学会」との因果関係をスッキリした説明の出来得ない彼女ですけど、まあ彼女が頑強にそう考えているのであれば、多分そうだったのでしょう。
三障四魔」という言葉を、家族や学会から必ず教えて貰っていたはずなんですが、彼女のその記憶も空白状態のようです。

「何か困ったことがあって親に相談をしても「お題目をあげたら必ずいい方に向かうから大丈夫」とまともに取り合ってもらえない」

信仰の何たるかも、仏教教学の知識の極々一片も、勿論指導の言葉も何もかも完全な記憶喪失のブログの彼女。
そんな彼女が一体全体学会の何を批判しているのでしょう?
知らないものを批判しても、彼女の大好きな「お金」などはどこからも来ることはないのですが、それでも更に更に学会批判を続けて行く彼女の人生…。

まあ、体だけはお元気で…と言う一言だけが最後に言える言葉でしょう…か。


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