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「世界の警察」-アメリカと中国の対比

令和3年9月13日(月)

「パクス・ロマーナ」とは、古代ローマ帝国自身が平和になれば世界全体が平和である、とそんな意味になります。
ヨーロッパではこの事は最近まで(と言っても18世紀頃迄ですけど…)信じ続けられた言葉になります。

内容は違うものの同じような意味で、古代中国では中華王朝(~清王朝)によるアジア世界の「冊封体制」と言うものが存在していました。
「冊封(さくほう)」とは、中国の歴代王朝の君主達が自任していたもので、天子(中国の王)と中国を中心とした周辺国を、「宗主国・支配国(中華王朝):被支配国(周辺の蛮族)」の関係として平和を維持したものです。勿論日本や朝鮮もその中に含まれていました。
若しかして、イギリスと旧植民地国との関係に似ているかも知れません。

パクス・ロマーナと中華冊封体制は、所謂純粋な「支配者:被支配者」の関係ではないものの、考えの中心にあるのは帝国(王朝)そのものが平和であれば、その他の地域は総じて平和だ、とそう言う事のようです。

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さて現在の世界は「パクス・アメリカーナ」、つまりアメリカの平和が即世界の平和に繋がっているという事になっています。
現代世界の歴史を見てみると、まあ確かにそうなんだろうと感じる人も多いのでは。

第二次世界大戦以前頃までのアメリカは、モンロー主義を貫いていました。外部世界に対してはノータッチ、自身の国は保護主義的な閉鎖をモットーにしていました。
しかし、日本の真珠湾攻撃によってその一国平和主義が180度転換されて、今では「世界の警察」として自他共に認められていますし、さらにその認識の上で世界中で「警察的」な行動を続けてもいます。

「世界の警察」と言うのは、要するにアメリカの平和思想(賛否はあれども)を、政治力、そして武力も同時に使用して世界に広宣流布する、と言う意味です。
そんなアメリカも様々な「失敗」(最近ではアフガン問題)を犯しはしましたけども、しかし総体的・結論的に考えてみると、曲がりなりにもせよ何とか「アメリカ流民主主義」を、日本も含めて伝導はできてはいるように感じます。

「近代民主主義」の考え方とは、自己流も加味しての話ですが、下のような意味だと解釈します。

ある政治体制で「支配体制側の人」と「被支配体制側の人」をそれぞれ入れ替えても、少々の不具合は感じるものの、総じて言うと両者はそれぞれそんなに違和感は感じられないと言う、そう言う社会体制、そして社会の在り方を言うのだと考えます。
つまり、両者(支配者・被支配者)に軽重は兎も角、ある程度の差は存在したとしても、しかし片方のみが虐げられていると感じることは「余り」ないと言う、不平等の極力少ない社会体制の在り方のことだと言えます。

現在の北朝鮮の支配者側の人間が民衆側になった時に、さて彼が果たしてその支配される側の生活に満足できるかどうかを考えると、その「近代民主主義」の大まかな意味が理解出来でしょう。

現在のアメリカ民主主義の啓蒙力は、軍事的にも政治的にもかなり弱ってきています。
世界の複雑さが更にましてきたせいもあるし、アメリカ自体が、例えば陰謀論大好きなトランプ前大統領を未だに支持している人間も多いと言う事実を考えると、アメリカンパワーはかなり足腰が弱っていると言う事も確かに言えそうに思えます。

変わって、今中国は爆発的な成長を、経済・軍事共々に遂げつつあります。
中国のGNP(国内総生産)の統計方法はかなり杜撰だと言われていますが、それでも現代世界でも有数の力を持っていることは、これは事実です。
軍事力でも、これも普通の民主主義国では軍事費に掛かる金額や諸々の数字の世界への公表は常識なんですけど、中国では大事なところは完全機密主義となっていますが、ご存じの通りかなりな増強をし続けていることも現実です。
中国人民解放軍の本当の軍事力は、若しかすると今現在に於いては世界第一位かも知れないとも想像出来そうに思えます。

こう考えると、あくまでも「表面上」だけですけど、現在の中国もアメリカと同様「世界の警察」としての資格を充分持った国だと、確かに言えそうに思えてきます。
多分習近平もそんな思いも持っているのではとも考えますし、中国共産党や人民解放軍の主要な人間達もそう言う「夢」を持っているのではないかとも想像します。

かつてアジア征服の夢に燃えていた大日本帝国の臣民としては、この「事実」はかなり気に障るものでもありますし、世界の民主主義の国の人達も更に気持ちが収まらないような感じであるかも知れません。
が、嫌中や極右的感情論は一先ず置き、ここでは冷静にこの問題を現実的な理屈で考えて見たいと思います。

アメリカは一応自由主義的民主主義の国です。
アメリカを含めた西欧の民主主義は、18世紀のイギリスの資本主義勃興を機に発達しました。
当時、そして両世界大戦前後までは、確かに西欧の民主主義体制(民衆を中心にした政治、経済体制)もかなりの問題を抱えていたことも確か。
今もその矛盾を抱えながら、しかしそれでも何とかより良く時代の変化に対応をしようと努力をしてきた現実があります。

今現在の日本も含めての先進民主主義が「完璧な物」だとは、多分誰も感じていないはずです。
でも、だからと言って全く別の体制、例えばファッショ体制や大戦時の日本の軍部体制、更には古代中国の王朝制度に戻るべきだという意見は、多分出ないはずです。
瑕疵は瑕疵として、漸次的にせよ、何とか努力しながらより良く変えていこうという努力をしているのが、現時点での日本を含めた欧米の近代民主主義の在り方です。

さて、共産主義思想は、誰もが知っているアンパンマン的なヒーローのカール・マルクスが理論構築をしました。
「マルクス・レーニン」と続けて呼称されることもありますけど、レーニンはソビエト連邦の初代親分で、マルクスとは会ったこともない人間です。
エンゲルスがマルクスの片腕、と言うか、本当は実際の労働現場からの情報を元にして理論の屋台骨を構築したのはエンゲルスその人なのです。

マルクスは「労働者の解放」という名目で「資本論」を作りましたけど、実際の理論骨格はエンゲルスの仕事だったのです。
エンゲルスは現実として労働者(資本家)でした。そして実際その仕事を自分の腕で成功させてもいます。
マルクスはある程度の資産は持っていましたけど、ほぼ大半の研究資金はエンゲルスに頼っていたと言う現実が存在しています。
更に面白いことに、マルクスは「労働」というものを一度も経験した事のない人間なのです。オマケに、彼は労働者を本気で軽蔑もしていました…。

そんな二人が「資本論」を作りました。
つまり、「科学的共産主義」(マルクスは自分の思想をこう呼んでいます)の理論の中心にはこんな致命的な瑕疵が存在しているのです。
更に言えば、レーニンそしてスターリンがマルクスの共産思想を旧ソビエトで現実化する時も、ソ連史を勉強された方には常識でしょうけど、「民衆の思想・経済」とは全くほど遠い在り方が強制されていた現実が存在しています。

マルクスやレーニン等の遺伝形質を若干の変更を加えた思想が、中国共産党が固執している「毛沢東思想」になります。
これだけでも中国の在り方が一体どんなものかは想像できるはずですし、現実問題として「新疆ウイグル地区問題」や「チベット問題」、更には「南シナ海問題」、「台湾強制併合問題」等々…並べきれない程の問題を中国は起こし続けているのです。

上で欧米の近代民主主義の国々は、資本主義や西欧民主主義の内在する問題を抱えながらも、それでも何とか光を見いだそうと地道な努力を続けていると言うお話をしましたが、共産主義者にはそう言う気持ちが殆ど存在していないと言う現実があります。
彼等の心にあるのは、マルクス思想、及び毛沢東思想を「完全墨守」することだけなのです。
オマケに、資本家・労働者の階級闘争の「解決は武力闘争で」と言うのは、彼等共産主義者にとっては常識のことです。
ここの部分は「現実」に合わないから修正すべきだとか、やはりマルクス主義は自分の国に合わないからやめるべきだと言った旧ソ連的な柔軟思考は、中国共産党には一切の持ち合わせがありません。

中国共産党の思想流布の在り方は、マルクス主義の暴力革命と、自身の党政権維持、そして自身のイデオロギーを世界に(文字通り軍隊の力で強制的に)広げることが中心なのです…。

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さて、現在のアメリカと中国のそれぞれを、自分なりに理屈立てて考えて見ました。
勿論これを読んだ方それぞれの思いや感想は、文字通り様々なんでしょうけど、現実問題として「世界の警察」(の在り方)を本気で考えて見ると中国はどうも「失格者」だと言わざるを得ないような気がしてきます。

私は国粋主義者でも右翼系の持ち主でも何でもありません。
中国の歴史そのものは大好きな何処にでもいる普通の人間ですけど、だから余計に感じるのかも知れませんが、今現在の中国の在り方には異様な恐怖も感じています。

アメリカは中国に対して堂々と正論を言える力も経験も持っています。
まあ、中国はそのアメリカの忠告をねじ曲げて捉えて反発もしていますが、でもそれなりの効果は出ているような気もします。やはり「世界の警察」のその「発言の力」だと言えます。

今の日本が、中国に本気でものが言える国(又は関係)なのかどうかはよく判りません。
戦前戦中の中国に対しての侵略行為で、確かになかなかものが言えない関係だとは思いますが、でも何か日本でしか出来ないアクションもありそうな気もするのですけど、どうなんでしょうか?

このままで行くと、かなりヤバそうな世界になってしまいそうにも思えます。
勿論そんなに簡単に第三次世界大戦などは起こり様はないだろうとも想像していますが、しかし日中お互いの「右翼」のぶつかり合いが若し暴力的に飛び火すると、収集の付かない騒々しさになってきそうにも思えてきます。

感情論抜きでこの問題を考える人が、もっともっと増えてきてほしいと思う、MonLinGenの今日この頃です……。


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