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創価学会の政治参加への是非を考える-②

…「創価学会の政治参加への是非を考える-①」からの続きです

更についでの話として、外国や日本のある状況も以下簡単に記してみます。参考になるかどうかは別ですが…。

(1)アメリカ大統領の就任宣誓が、「聖書」の上に手を置いて行われているシーンはよく映画やTV番組で見るものです。これはある種の政教分離原則を「逸脱」しているようにも感じますが、どうなんでしょう…?

(2)ドイツCDUは、東西ドイツ併合の功労者の、あのヘルムート・コール氏を出した歴史を誇る有名な政党です。ここは現在も「キリスト教哲学」を元に、現在のドイツ連邦を引っ張り続けている文字通り生粋の「宗教政党」です。

(3)更に話すと、日本の首相就任時の報告を天皇陛下に対して行うという恒例行事が存在しています。天皇は伊勢神宮の「神主」です。
首相は日本の政治のトップ、片や天皇は神社のトップ…なかなか「政教一致的」な組み合わせに感じます。

学会批判の「理由」

創価学会の、政治への「関心」や「関わり」、更には「支援」「応援」等の活動は、上にも見た通り、世界や日本社会においても別段特殊・異常な話ではない事が理解出来ます。

本来であれば学会への「批判」は、上述した様に、日本・世界を含めた宗教と政治への実際の関係も全て含んだその上で行われるべきはずなんですが、何故かそんな「正常な論議」が行われていると言う話は聞こえてきません。

創価学会の一体全体何が彼等のアンテナに引っ掛かるのでしょうか…?
創価学会の中心哲学である、日蓮思想の政治への応用・展開が、一体「どんな変換器」を通すと、つまり「支持・支援」が「→国家支配」や「→政治への干渉」と言う言葉に変わってしまうのでしょうか…?
…何となくですが、「悪意の変換器」を通しているようにも感じてしまいます。

アメリカで1950年代頃に吹き荒れた「マッカーシー旋風(共産思想狩り)」は当時でも批判の的だったようですが、「学会・公明党批判」の「無理矢理批判」はそれによく似たものを感じてしまうのは、個人趣味過ぎでしょうか…?

個人趣味ついでの結論になりますけど、「学会批判者」の実態とは、要するに以下の種類の人間が行っているのではと想像します。

  1. 宗教とは静謐(せいひつ/静かな宗教生活)性だと頑固に決め付けている人
  2. 学会の政治参加をとにかく嫉妬心の眼で見続けている、その他大勢の宗教法人達
  3. 宗教を異常に怖がり、そして意味も無く嫌い続ける人々
  4. 学会退転者達
  5. 単に何かを「中傷」したいだけの人々
  6. その他おまけ的に付け加えると、「某弱小宗門」関連の暇人達

…彼等は要するに、「出る杭は打たれる」と言う日本の古い「伝統行事」を、唯ひたすらその風流を守り続けている人々…かも知れません。

日蓮信仰者の政治参加

今更の話になりますが、我々にとっての「政治」とは国民の「生活改善」や「社会改革」等の、一つの現実的(改善の)方法論として存在するものだと言えます。
そして、政治には「哲学」や「思想」が必須です。
「哲学」とは行動における基本理念のことを言います。「どう」行動するか、何を「基準に」動くかの、「どう」や「基準」等が「哲学」の意味になります。
この事は、詰まるところ日蓮大聖人の「立正安国」の現代版解釈にもなる話だと考られます。

言うまでもなく、「日蓮哲学(思想)」とは、イコール公明党における「政治哲学(思想)」にもなります。その「公明党の政治」を支持・応援しているのが、これも言うまでもなく創価学会です。
創価学会のバイブルとも言うべき「御書」は、平和思想(哲学)の宝庫です。
結局の処、公明党の政治哲学は全て「御書」から発していることになります。

「知らないもの」を異常に怖がる人は、「御書」をも怖がるようです。中身を見た事も読んだこともない人間が、どうして「知らないもの」を怖がるのか不思議な話に感じます。
「王仏冥合」に恐怖を覚えるのか、それとも「国立戒壇」に恐れを成すのか…。
この手の宗教に無知な人々は、微風が吹いても水滴の音がしても、とにかく恐怖・恐怖の連続なんだろうと、そんな皮肉も出てきます。

彼等は「宗教=抑圧」、故に「宗教=弾圧思想」、そして更には「宗教=国家支配」と言う「偏見無限ループ思想」に囚われ続けている人々です。
戦時中ヒットラーやその側近連中が、「ユダヤ人」や「共産主義」を異常に怖がっていたと言う、そんな歴史の悲喜劇エピソードを何となく思い出してしまいます。

結語

我々日蓮仏法を行じている宗教者は、現代の政治へ「関与をすべき」だと、素人ながら個人的にはそう信じています。
それも「積極的」にです…。

信徒として、自分の持っている平和思想の数々を社会に還元すべく努めることは、他人からは決して非難されるべきものではないはずです。
宗教は「森の中で」と言う「都市伝説」を頑迷に信じ込んでいる人間こそ、逆にそう言う情け無い考えを改めるべきなのです。

宗教は「生活」に結果を出して「なんぼ」のもです。自分の生活に何の変化ももたらさない「宗教」が、一体全体果たしてどんな「価値」を持っているのでしょうか…?
本気の本気で、宗教と自分の生活の「価値の在り方」を考えてみるべき時代に、もう既に突入しているのではないかと私は考えています。

ただ、現実の政治での「日蓮哲学」の応用・展開は、確かに難しい問題も抱えている様でもあります。
政治とは「綱引きだ」とも言われますが、政治の場ではある程度の妥協もしていかないと、話が全く進まないと言う場合もあるのでしょう。
そして、その「妥協」に対しての学会内部からの批判も、多々存在している様ではあります。

しかし、「忍辱の鎧を着る」と言う大聖人のお言葉は、信心、政治両面に渡っての真実の話でもあるはずです。二つの違った世界の「結果」だとしても、やはり個人が考える以上の「スパン」を置くべきだとも考えます。

忍耐の出来ない「拙速(せっそく)な批判」は、結局「学会批判者」と同じ穴の中に落ち込んでしまうような気もします。

〇   〇   〇

さて、事実を何も知らない、知ろうともしいない偏見感をかざして叫び続ける「公明党は政教分離原則違反云々」は、上に縷々説明した通り、もう古いのではと考えます。
頑固は良い方向に出ると素敵ですが、余りにも頑迷一徹は嫌われます。
本気でこの問題を自分自身の手で調べて、結果そう言う議論になるのならともかく、ネット上に浮き沈みしている不確かな情報だけを「無批判」に取り込んでの「批判」からは、もう今後きっぱりと足を洗うべきです。

「公明党と創価学会は政教一致だ!」とまだ頑(かたく)なに信じ切っている貴方、さてどう思われますでしょうか…。

(参照…創価学会の政治参加への是非を考える-①

※   ※   ※   ※

外部資料のリンク

政教分離原則の捉え方

…憲法20条の解釈を、それぞれ角度を変えての論述を集めてみました

  • 政治と宗教のかかわり – 一般社団法人平和政策研究所

…日本の「宗教」や「政治」の言葉そのものの意味から展開している論です。歴史的に考える事を求めた、そんな話です。

  • 日本の宗教団体が持つ政教分離に対する(PDF)」

…表題の通り「日本の」政教分離原則の特異性等を、日本の歴史を鑑みながら読み解いている論文になっています。かなりな長文ですが、興味のある方は一読を。

  • 書評「宗教と政治の転轍(てんてつ)点

…冊子の書評です。でも、偉く難しい文々句々が並べられています。少々気を張って読んでみると、面白い内容にもなっています。

  • 戦後日本宗教の国家意識と政治活動に関する宗教社会学的研究

…新宗教の政治への関与等を中心に論述したものです。

創価学会・公明党の主張

  • 政教分離の正しい理解なくしては、人権社会の成熟もない」(WEB第三文明)

…創価学会や公明党の主張を、分かり易く解説しています。

  • 公明党=創価学会なのだから政教分離の原則に反しているのに…」(Yahoo!知恵袋)

…学会員だと思われる人の「回答」です。判り易く解説しています。一読を。

  • 公明党の素朴な疑問」(公明党HPより)

…本場の等からの意見です。ご静聴を。

  • 政教一致論について – なぜ政治に関わるの?」(創価学会青年部サイト SOKA YOUTH webより)

…創価学会青年部の意見です。

政教分離原則の歴史
  • アメリカ合衆国における政教分離の歴史」(Wikipedia)

…非常に詳細に書かれたアメリカの政教分離原則の歴史です。かなりな長文ですが、地味に読んでみると結構な歴史観を得られます。

  • ヨーロッパにおける政教分離の歴史」(Wikipedia)

ウンザリするぐらいの長文の話です。しかし、非常に判り易く書かれています。WIKI作家でこんなに文章構成の上手い人は、若干珍しいのではと思います。若しかして、歴史学者さんなのでしょうか…。

  • 独与党名に「キリスト教」の謎」(日経BizGate)

…ドイツのキリスト教政党の歴史を書いています。勉強になります。

諸宗教の政治参加の考え方
  • 宗教は政治に何所まで関与出来るのか」(教えて!goo)

…浄土真宗の信徒さんの質問に、様々な宗派の人が自分の考えを披露しています。宗教と政治の関係を再確認出来る非常に良質な質問サイトです。ちょっと長めの文章ですが、読むだけの価値は持っています。

  • 信教の自由”がなくなるとき 「信教の自由と政教分離」を憲法二十条から考える」(いのちのことば社)

…キリスト教徒からの政教分離原則の考え方を記しています。

…以上


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