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対話(2021.7.23~)用外部ギャラリー部屋

対話部屋(2021.7.23~)記事の外部部屋です。

基本完全フリー参加、そして常識的なコメントであれば特に制限は設けていません。
コメント送付も完全にフリーとなっています。(メルアド記載もありません)

ただ、お名前は兎に角何でもいいので適当にでっち挙げてください。(甲乙さん、Aさん、腹痛さん、能なしさん等等、何でもいいです)
何故なら、名前無しさんはブログの自動設定で「匿名」になります。名無しさんばかり増えると、必然的に匿名さんが大量に製造されるわけで、誰が誰かさっぱりな状態になります。

ISHIPOTEさんに対しての無思慮な批判は禁止します。(つまり根拠のない中傷批判等。まあ、学会批判者お得意の、アレ)
代わりにMonLinGenに対しては、無思慮だろうとも愚考、浅慮、はたまた不見識極まるコメント等々全て完全OKです。
がしかし、そう言う人に対してのMonLinGenからの論理攻撃はかなりのものだと言う事は、覚悟してください…ね。

若し(集まるかどうかは疑問ですけど)、コメントが50以上になった場合、新たなギャラリー部屋を用意します。

MonLinGen(平成33年8月2日)


2021年8月15日の夕方をもって当対話を終了します。
詳細は「本対話」を読んで下さい。

で、若しこの対話に関しての感想でも挙げて貰える人がいれば、歓迎します。
基本特に禁止事項は設けません。何でも書いて頂ければ良しとします。

IshipoteさんへのMonLinGenの感想は、本対話で出し尽くしています。
もっと別の感想もあれば、個人的に参考になると思いますので、是非…。

MonLinGen(2021年8月15日)

24件のコメント

  1. ピンバック:対話部屋(2021.7.23~) | MonLinGen

  2. シェイフォン

    どうも、野次馬ことシェイフォンです。
    法華講と学会員との対話はとても興味深いです。

    私が学会員であることも関係していますが、ISHIPOTEさんの仰るご本尊は崇高なもので恐れ多いという考えは疑問符を持ちますね。
    理由として戸田先生の「御本尊様は幸福製造機」という発言が気に入っているから。
    どれだけ優れた道具であっても使わなければ無いのと同じですし、尊敬できる人も自分とは関係ないと考えてしまえば何の糧にもならない「知識」で終わってしまうかと。

    蛇足ですが、ここのプログで載っていた「フロストパンク」というゲームを始めてみたのですが、結構面白く嵌りました。
    もしかするとジェネレーターとご本尊様は似たようなものなのかな。
    ジェネレーターが無ければ即座にゲームオーバーですし、必要不可欠な代物ですが、それだけ強化すればよいというものでなく、状況に合わせて強化や節約して調整することに心当たりがありすぎる。
    ジェネレーター=ご本尊様
    リーダー=自分
    人々や資源=お金や体調等の自分が持つ資本
    寒さ=自分を取り巻く環境
    人々の希望や不満=願望やストレス
    複数の施設=身の回りの道具や友人
    このように置き換えてゲームを楽しんでいます。

    • MonLinGen

      シェイフォンさんへ

      こんにちは。
      「旧」MonLinGenではお世話になっていました。
      またコメント頂いて、とても嬉しいです。

      ジェネレーターと御本尊との対比は私も考えてもみませんでしたが、成る程と感心しました (‘-‘*)
      基本ジェネレーターを守らないと駄目だけど、それだけじゃ追い出されるネタを作るだけだし、他にも色々苦労を重ねながら…なんて言う感じの在り方って、何となく学会員の生活に似ていなくもないですね…。

      このゲームも面白いんですけど、私は何となく暗くなります。
      毎日続けていると、段々落ち込んでいく自分がそこにいるのです。

      …また何か感じましたらコメントくださいね。

  3. シェイフォン

    お疲れ様です。
    多分やればやるほど落ち込むのはクリアのために効率を重視してしまっているからでは?
    私の場合は縛り条件として
    ・児童労働禁止
    ・追放・処刑はしない
    ・難民は全て受け入れる

    当然難易度も上がり、何度も何度もやり直ししていますが、クリアした時の達成感は滅茶苦茶大きいです。
    厳しい環境だからこそ誰も置き去りにせず、生命主義を貫くのだと燃えてきます。

    • MonLinGen

      シェイフォンさんへ

      児童労働は、可能にしています。労働人口が少ないと、チョイと厳しいので…。
      追放は、私もやりません。代わりに刑務所を作ったりしています。
      何度か難民を全部受け入れた事がありましたけど、結果もう目茶苦茶な街に変わり果てました。

      捜索隊は2個編成でやると、結構面白い結果が出てきますので、好きですね。あのドキドキ感が堪らないですね。
      あと、研究所は、時間と物資に余裕が出てきた時点で4~6棟ほど建てます。結構研究スピードが上がります。

      そういえばしばらく街の再建やってないので、チョイと街の様子でも見てみるかな……(‘-‘*)

  4. あおと丸

    こんばんは
    先日は本名を掲載してしまったコメント削除、対応いただきありがとうございました。
    法華講員さんとのやり取り興味深くみさせていただきました。

    私が思うに、法華講員さんは、大聖人、歴代の法主は、自身は到底たどり着くことが出来ない境地にいるというか、
    完全に「違うもの」としてとらえているような気がします。
    「ご法主上人のご内証など、在家の分際でわかるはずもない」等
    大聖人は、衆生をご自身とおなじ境涯にするため御本尊を現したと思うのですが。
    ゆえに、御書の解釈も変わってくるのだと思います。

    私は宗教(なかんずく仏法)は、今現在生きている人のためにあると考えております。
    誤解を恐れず言いますと、釈尊も、大聖人も、池田名誉会長も、私たちと同じ「凡夫」であり「人間」であり、
    その時代に即した「仏」であると思っております。

    さて、日蓮大聖人の仏法を、現代において正しく信仰しているのは日蓮正宗なのか創価学会なのか
    はたまた大聖人の仏法は間違っているのか

    自分が臨終するさいに判るのでしょうかね?たとえ創価学会の信仰が間違っていたとしても、
    私が後悔することはないです。

    私は2世です。

    信仰面でも紆余曲折しながら今日に至りますが、現在そこそこ(笑)活動しております。
    何時、何処でそう思ったのか思い出せないのですが、私が学会活動する理由は
    「生命は永遠」と確信しているからです。

    当ブログ、他の記事もちょくちょくみさせて頂いております。

    また、思うところあったらコメントさせていただきたく存じます。

    駄文失礼いたしました。

    • MonLinGen

      あおと丸さんへ

      日蓮仏法の現代流解釈の意義を、上手く簡単に述べて頂いてありがとうございます。
      あおと丸さんの考え方には、私も完全に同調します。

      確かに学会信仰には瑕疵もあるだろうし、若しかして日蓮仏法上からはおかしな部分も存在しているかも知れませんけど、しかし今現在の日本、世界に対して本気で自信を持って発信できるただ唯一の正しい哲学は、この学会流日蓮仏法の考え方、そして宗教観だと私も考えています。

      その意味で、今もこのMonLinGenを「自分流」の文章、仏法解釈で綴り続けているわけです。
      まあ、その中には間違いもあるでしょうし、勘違い的なところも存在していますけど、総体的には自分では「まあ正しい意見」ではないかと、何となく自負しています…(‘-‘*)

      私もあおとさんと同様「そこそこ活動」している身です。
      エラそうな解釈など本来は出来ないのですけど、まあそこは「そこそこ」勘弁して貰って…。

      又何かありましたら、コメント下さい。

  5. ishipote

    あおと丸さん

     あなた方学会員の誤りは、一言でいえば、「能所の混乱」をしている(させられている)ということです。
    すなわち、能化である仏の境界と、所化の凡夫衆生の信仰とを同一視し、短絡的に仏と迷いの衆生(凡夫)を同列に配してしまっている。

    そもそも衆生(凡夫)は一体何に迷っているのか。
    生死に迷うのです。衆生は仏の化導を受けなければ、三世にわたり地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六道を巡り、貪・瞋・痴の迷妄のなかで流転していくのです。

    仏が世に出現せられるのは、偶発的なものではなく、一大事の因縁による。

     法華経には、
     「諸仏世尊。欲令衆生。開仏知見。使得清浄故。出現於世。欲示衆生。仏知見故。出現於世。欲令衆生。悟仏知見故。出現於世。欲令衆生。入仏知見道故。出現於世。舎利弗。是為諸仏。唯以一大事因縁故。出現於世。
     (諸仏世尊は、衆生をして、仏知見を開かしめ、清浄なることを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして、仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。衆生をして、仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。舎利弗、是を諸仏は唯一大事の因縁を以ての故に、世に出現したもうと為づく)」

     ここでは衆生をして仏知見を、開かしめ、示し、悟らしめ、入らしめるという、この開・示・悟・入の四仏知見が示される。生死に迷う衆生を仏の大慈悲によって救わんとするところの救済の内容が、一大事ということをもって示されるわけです。インド応誕の釈尊についていえば、一大事因縁は、法華経を説いて在世の衆生を成仏へと導くことにあった(出世の本懐)。

     
    では、日蓮大聖人におかれての一大事因縁(出世の本懐)とは? 

  6. あおと丸

    こんばんは
    ISHIPOTEさん レスありがとうございます。

    すごく教学を研鑚されておられるようですね。素晴らしいことだと思います。

    能化(ISHIPOTEさんのいうところ、ご僧侶のこと?)所化(私たち一般人のこと?)

    私は能化も所化も、なんにも変わらない全く同じ人間だと思っています。

    私にとっての、能化にあたる人は、創価三代なかんずく池田名誉会長になりますかね。

    日蓮大聖人の出世の本懐ですか

    うーん、万人に開かれた、南無妙法蓮華経、お題目を表されたことでしょうか

  7. ishipote

    「仏」と「衆生」の関係を明らめているのに、どうして御僧侶と一般人の関係になってしまっているのか理解に苦しむ。

    「仏様」とは、法界の真理と生命の実相を悟られている方。一大事の因縁によって衆生を化導する側(能化)
    「衆生」は化導される側(所化)・・・仏様の説かれる教え(法)を信じて行ずることによって仏様の境涯にさせ 
                      ていただく立場。

    池田名誉会長はどちらの立場?

  8. あおと丸

    ISHIPOTEさん、こんにちは

    例えばですね

    戸田先生と池田先生の関係

    池田先生と私(大多数の学会員)の関係

    私と仏法をよく知らない友人との関係

    いずれも前者が能化で後者が所化、こう思っております。

    これがISHIPOTEさんのいうところの「能所の混乱」ということでしょうかね

    私は、出家、在家関係なく、能化にも所化にもなりえると考えております。

    ISHIPOTEさんは、池田名誉会長は所化にあたる、ゆえに甚深の日蓮仏法の奥義も解らない人間が、ちょーしこいてんじゃねーよとでもおっしゃりたいのでしょうか?

    日蓮大聖人の仏法は、万人に開かれた仏法ですから、どのような身分、立場の方でも、能化になり得ると思っております。

    前回、今回、それ以降の私のコメントは全て私の我見、今現在思っていることを素直に記しております。

    ネット上でのハンドルネームでのやりとり

    お互い素性が判らない者同士ではありますが、私はISHIPOTEさんは真摯に信心されている法華講員さんだと
    思っております。

    なかなかね、実生活上では法華講員さんとお話しする機会がないものですから、ありがたく思っております。

    それと同時にブログ主さんにも感謝です。
    ブログも勉強になることばかりなのですが、ISHIPOTEさんはじめ、コメント欄も非常に興味深く
    みさせていただいております。

    御書に暗く、文章の表現力に乏しい私で大変恐縮ですが
    今後ともよろしくお願いいたします。

  9. ishipote

    あおと丸さん

    何度も言うようですが、今は「仏様」と「衆生」の能所の立場の異なりについて述べています。池田名誉会長は仏様に対しては仏様の説かれる教え(法)に従い、信じて行ずる仏道修行者の立場(所化)ですよね?

  10. ishipote

    涅槃経に「一切衆生 悉有仏性」(一切衆生に悉く仏性有り)と説かれる。一切衆生は本来、仏性を具えている意。「一切衆生」には人間だけではなく、有情と非情(草木など)にわたる。仏性を具するといっても、あくまでも理上のことであり、尊極無上の存在である「仏様」とは明確に異なり能所の異なりが厳然としてあるのです。

    日蓮大聖人は「理性の仏を尊んで己(おのれ)仏に均(ひと)しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり」(蓮盛抄)とも仰せです。

    「仏性」とは、仏の性分で仏果を得るための因として一切衆生にそなわっている種子ですが、迷いの凡夫には、理の上では仏性が具わっても、その実際の用きを自身の智慧で顕すことは不可能であり、「善知識」たる仏様の御化導に縁することが必要なのです。

    末法においては、御本仏日蓮大聖人が御一身に証得あそばされた仏法の根源の悟り、本門寿量品の文底下種・事の一念三千の御当体である本門戒壇の大御本尊を信じ、題目を唱える(仏道修行)ことにより、凡夫身の上に本有の三因仏性が顕われ、即身成仏が可能となるのです。

    • MonLinGen

      Ishipoteさんへ

      しばらく貴方が何を話すのか見ていましたけど、そろそろここが限界だと思い、横やりを入れます。
      貴方の話されている意味は現代の言葉に直すと要するに、

      「神と人間はレベルが違う。故に人間はがたがた言わずに神に従いなさい」

      と言う事ですね。

      あなた方「御法主さん大好き人間達」にはそれはそれで幸せでしょうけど、私たち「普通の人間」にとってはそう言う考えは「奴隷」と同様だと言う事に、貴方は全く気付いていません。

      さて、貴方は一度私との「対話」から「逃避」しました。しかも、「何も言わずに」です。
      しかし、ここに来て何故か全く別の人に対して自分勝手な「対話を強要」しています。
      おまけに、例の如く自分勝手に相手の意見も無視をしながらです…。

      このMonLinGenブログは、お互い相手の人格を尊重しながら「対話」をする場所です。
      学会批判者達ブログや宗門系お得意の、相手の人格を完全無視した風の向くまま気の向くままに話をしまくる、そんな場所ではありません。

      私は基本、ここでのコメントの扱いは自由放任主義を通していますが、貴方のやり方はかなりな無理を感じます。
      若しここでのコメント送付をこれからも自由に行いたいのであれば、先ず私との対話の「貴方の答え」を再開して下さい。
      自分の散らかしたゴミの処理も真面に出来ない人間に、「大人の対話」を続ける権利はありません。

      理解出来ますか…?
      よろしくお願いします。

  11. ishipote

    神と仏とは全く異なりますよ。
    私のコメントはすべて破折であり回答です。

    「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」と仰せられ、「日蓮がたまし魂ひをすみ墨にそめながしてかきて候ぞ、信じさせ給へ」と仰せられるように、礼拝の対象である末法の御本仏の御魂魄は、本門戒壇の大御本尊として総本山大石寺に厳然と在(ましま)す。

     あなたが言っている、迷いの凡夫そのものの中に御本尊はただちには顕れないのです。
    「理性の仏を尊んで己(おのれ)仏に均(ひと)しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり」
    をよくよく拝すべき。

    「此の御本尊全く余所に求むる事なかれ。只我等衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり」

     「法華経を持ちて」の「法華経」とは、文上の「法華経」ではなく、文底秘沈された三大秘法の本門戒壇の大御本尊様の御事です。

    • MonLinGen

      Ishipoteさんへ

      こんにちは。
      貴方の言動で断言できるのは、宗門及び法華講の人は、学会批判者同様相手の意見を一切聞かず、ただ只管自分の主張を繰り返すだけの、それだけの人間の集まりだと言う事です。

      私は貴方に、私との対話の続きの要請をしました。
      これは特に無理強いした要請ではないことは、貴方との対話の状況を考えれば普通に理解出来る事です。
      然るに貴方は、自分だけの意見を書き綴るのみで、相手に対する尊重も何も一切皆無のようです。

      これが宗門の「信仰」の在り方なんですね。
      貴方は学会からも逃げ出して、そんな下らない組織に入りました。
      これは個人の問題なので私がとやかく言うものでもありませんけども、このブログではそう言う情け無い在り方は禁止していますので、即刻やめてください。

      若し、私との対話がもう不可能だというのであれば、これ以上の貴方からのコメントは「禁止」せざるを得ません。
      返答をお願いします。

      若し、私のこの話に不服があれば、それなりの理を尽くした話を書いて私に説明をしてください。
      お願いします。

  12. あおと丸

    ISHIPOTEさん こんにちは

    いろいろ御書をひいての解説ありがとうございます。

    能化 所化について

    ISHIPOTEさんのコメントを読み解くに

    日蓮大聖人の出世の本懐は、大石寺にある大御本尊と、なんちゃらかんちゃらの南無妙法蓮華経をあらわされたこと

    能化=日蓮大聖人、日興上人以降歴代法主

    所化=それ以外の人たち

    宗門の教学は、一応、再応とか、文上、文底など難しい解釈の仕方がありますからね
    後者の解釈は能化、すなわち歴代の法主しか出来ず、所化の分際の一般人のお前らが
    勝手に御書を解釈してんじゃねーよ

    誰もが仏の種は持ってはいるが、それを引き出すのは、能化の導き、すなわち法主のご指南でしか有り得ない

    といったところでしょうか
    違っていたらごめんなさいね

    私は前コメでも書きましたが、日蓮大聖人の出世の本懐はお題目を現されたこと(大御本尊ご図顕は含まない)

    正しい仏法に導く人、すなわち能化にはどのような立場、身分の人でもなり得ると思っております。
    なぜなら日蓮大聖人の仏法は万人に開かれた仏法だと思っているからです。

    ご法主上人に信服随従することが成仏への直道ということならば
    内道を行じているようで、因を外に求める一神教、すなわち外道信仰のように思えるんですよね。

    余談ですが、私は現在創価学会に所属しているのですが、私の愚見を少々

    創価学会は「学会」というところですから、現代において、日蓮大聖人の仏法、生命哲学を日々試行錯誤しながら実践している会だと思っております。日本のみならず全世界でね。
    また、創価学会に所属していれば幸福になれるかといえば、そんなことはないと思います。

    創価学会の組織は、一般社会の縮図、一般的にいう良い人、悪い人、極端に言えば犯罪を犯す人もいるでしょう。役職関係なく誰もが発展途上の人たちの集まりですからね。
    私自身も学会活動にて「マジかよ」「なんて理不尽な」「ふざけんなよ」詳しくは書きませんが
    そう思うことなど四六時中あります(笑)

    学会活動は「人間練磨の道場」
    そうとらえております。

    私はその人が何をしてきたかをみて自身の師を決めております。生涯悔いることはありません。

    なんか、訳わからないコメントになってしまいましたね。

    失礼いたしました。

  13. あおと丸

    ブログ主様

    ISHIPOTEさんの手法は、相手(例えば私あおと丸)に
    これはどう考えているのか答えてさせて、それは違いますよと、後から御書などをひいて
    説明されるというスタイルのようですね。

    ISHIPOTEさんは始めから対話などする気ではなくISHIPOTEさん流の破折するのが目的という感じのようですね。

    こちらはブログ主様のフィールドですから、コメントする側は私も含め、配慮しなくてはいけませんね

    ということでISHIPOTEさん、不軽の実践、私ども創価学会員にも仏の種はありますので、それを信じていただいて、よろしかったらブログ主様との「対話」を再開していただいて
    法華講員さんのお考え、教えていただければ私は大変うれしく思います。
    どうぞよろしくお願いいたします。

  14. MonLinGen

    あおと丸さんへ

    こんにちは。
    私の言いたかったことをしっかりishipote さんに伝えて頂いて、ありがとうございます。
    多分…多分ですけど、読んでは貰っているはずだと、想像はしています…。
    そしてその「文証」は、御書のこの部分に存在しています。

    「此の御本尊全く余所(よそ)に求むる事なかれ。只我れ等衆生、法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱ふる胸中の肉団におはしますなり」(日女御前御返事)

    つまり彼自身がコメントした言葉の中に、その仏界湧現の方法が厳然と記されているのですが、でも「見るも、敢えて見ず…」と言う感じの邪宗の悩乱さのようです。

    Ishipoteさんの含め宗門の根源的な間違いは、あおと丸さんの指摘された通り、自分自身の仏界湧現の方法を「自分以外の赤の他人に全て任せている」と言う事になります。
    赤の他人とは勿論、宗門僧侶達への絶対帰依です。

    念仏宗の信仰の根本は、「阿弥陀仏への絶対的な帰依」です。
    念仏者にとって自分自身の自発的信仰行動は決して許されないことなのです。
    これは、一神教であるキリスト教以下アブラハムの宗教に共通する宗教哲学ですが、宗門は仏教信仰を完全に捨てて、キリスト教の場所まで落ちてしまっています。

    別の言い方をすると「教条的信仰形態」と言う事になりそうです…。

    さて、私も彼との対話を続けたいとは望んでいますが、でもishipoteさんの気持ちが、果てさてどうなのかよく判りません。
    彼の中にも「理」として仏界が存在していることは確かなんでしょうけど、さあ…その仏界湧現の方法を彼に思い出せるかどうか、それが問題なんですね。

    何とか、期待はしています…。

  15. ishipote

    どうやら、あなた方お二人は、仏様の存在を認めたくない、日蓮大聖人を末法の御本仏だと認めない。要は生死に迷っている自分(凡夫)が仏だと主張したいということですね。

    >すなわち能化にはどのような立場、身分の人でもなり得る

      増上慢なのです。あなたが南無妙法蓮華経を唱え出されたの?

    南無妙法蓮華経とは、末法の御本仏の宝号(お名前)です。

    〇一切の仏の始めは南無と申す。南無と申すは月氏の語、此の土にては帰命と申すなり(根露枝枯御書)
    〇南無とは梵語なり、此には帰命と云ふ。帰命に人法之有り。
    〇帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり(白米一俵御書)

     「帰命」とは「南無」のことであり、仏に対する絶対的な尊信・随順を意味する言葉です。そして、我々が南無(帰命)すべき対象とは、人の本尊たる御本仏日蓮大聖人、法の本尊たる一念三千南無妙法蓮華経の大曼茶羅という、人法一箇の本門戒壇の大御本尊様に他なりません。日蓮大聖人の顕わされた大御本尊は、人・法の名称は異っても、その体は同じであるということです(南無妙法蓮華経の直下に日蓮の御名が拝せられる)。

    日蓮大聖人様は、『御義口伝』等に、一大事因縁とは事の一念三千・南無妙法蓮華経なり、と示され、さらに
     「余は二十七年(にして出世の本懐を遂ぐる)なり」
    と仰せられて、弘安2年10月12日、事の一念三千の当体たる本門戒壇の大御本尊を建立せられた。この大御本尊の建立こそ、大聖人出世の一大事因縁であり、末法の御本仏の出世の御本懐に他ならない。
    この本門戒壇の大御本尊は、末法万年にわたって一切衆生を成仏せしめる根源の法体(仏法の本体そのもの)であり、総本山第26世日寛上人が
     「三大秘法を合する則んば但一大秘法の本門の本尊と成るなり、故に本門戒壇の本尊を亦(また)三大秘法総在の本尊と名づくるなり」と仰せのごとく、
    本門の本尊・本門の戒壇・本門の題目という三大秘法の全てを具えて、欠けるところのない大御本尊様であります。

    日蓮大聖人様は『観心本尊抄』には「一念三千を識らざる者には仏大慈悲を起こし、五字の内に此の珠たまを裹つつみ、末代幼稚の頸くびに懸かけさしめたまふ」・・・「仏大慈悲を起こし」と仰せです。

     また「一念三千の法門をふりすすぎたてたるは大曼荼羅なり、当せの習ひそこないの学者ゆめにもしらざる法門なり」(草木成仏口決)・・・・「大曼荼羅は、ゆめにもしらざる法門」と仰せです。
    と示されている。
     
    総本山第26世日寛上人は、『文底秘沈抄』に
     「本尊とは所縁の境なり」(聖典833頁)
    と示され、妙楽大師の「正境に縁すれば功徳猶お多し、若し正境に非ざれば縦い偽妄無けれども亦種と成らず」の文を引用して、正境すなわち正しい本尊によってのみ、一切衆生は成仏できると指南されています。
     『報恩抄』に
     「日蓮が慈悲曠大こうだいならば南無妙法蓮華経は万年の外ほか未来までもながる流布べし、日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり。無間地獄の道をふさぎぬ」
    と仰せのように、御本仏日蓮大聖人の広大な慈悲が御本尊として顕わされ、一切衆生の成仏道が開かれたのです。

    ●正境すなわち正しい本尊とは、唯授一人血脈に背き、一般の者が勝手に御本尊をいじって信仰の筋道を違えた偽物の本尊のことではありません。それは魔性、盗作、変造、簒奪、偽作、自己矛盾だからです。

    本門戒壇の大御本尊様を唯一無二の正意と信じ、余行に渡さず南妙法蓮華経と唱えるところにほんとうに功徳が満ち満ちてくるのです。
    これをご覧になって志あらん人は連絡されても結構です。

    Ishipote 090-6476-8887 or cxkka@yahoo.co.jp

    https://www.nichirenshoshu.or.jp/jpn/daishonin.html

  16. MonLinGen

    Ishipoteさんへ

    もう「何度目の対話」という話はしません。
    あなたたち宗門と法華講の信仰とは、要するに「相手の話は一切聞かずに、自分達の主張をただ只管しゃべくりまくるだけの、それだけの薄っぺらなもの」なんですね。
    了解しました。

    貴方からのこれからのコメントは全て削除します。

    更に更に、信仰も何もない金の亡者の「坊主共」と一緒に、頑張って三悪道を生き抜いてくださいな。
    〇   〇   〇
    9/26(日)
    一晩おいての追加の反省文です…。

    考えて見れば、彼のこれまでの数々の常軌を逸した言動は、個人的に見れば「反面教師としての教え」なんだろうと思います。

    彼は兎に角「自己主張」だけは延々と続けてきました。(若しよかったら「対話、ギャラリー」を読んでください。嫌と言うほど理解出来ます)
    彼にとっての対話者、及び折伏相手(更に言うと、自分以外の全ての人間)とは、単なる彼自身の話を大人しく聞くだけの、そして人格のない木偶の坊的存在、そして人格(仏界)を持ち合わせのない「イエスマン」としか見れなかったようです。

    これが宗教団体としての宗門、そして法華講組織(更には信徒達)の真実の「如是相」なんですね…。
    その彼は、宗門流(法華講流)の「折伏」をここで展開していたようです。…まあ、彼なりにね。

    真実の折伏って、何処まで行っても相手の中にある「仏界」(=人間性、最高の人格)を見続けながらやっていかないと、結局彼のようないい加減な行動にしかなっていかないようです。

    この事は自分自身にとって、「本気の本気」でもう一度見つめ直すべき問題だと考えます。
    池田先生がいつも話しておられる「折伏時には、相手の行動・言葉に左右されないこと」(意訳)とは、この事ですね。
    相手がどんなに訳の判らない言動をしようとも、こちらが一緒になって右往左往すべきではないですよね。

    Ishipote氏は身をもってこの折伏の「極意」を教えてくれた、私にとっては「最高の善知識」だったと言えそうに感じます。

    まあ、現実的には、感情論的に少々のブレは出てきます。
    でも、しっかり腰を据えて本気で相手の仏界を見続けていくことを忘れなければ、一時の感情は過去のものに出来るはずです。

    …そんな彼との「対話」の、個人的な答えでした……(‘-‘*)

  17. あおと丸

    ブログ主様、こんばんは

    先日まで、地元の地方選挙がありまして、なかなかこれずにおりました。

    やはりISHIPOTEさんとの対話の継続は、叶わなっかったようですね。残念です。

    血脈について

    唯受一人、ただ一人が脈々と受け継いでいくものなのか

    出家在家関係なく、日蓮大聖人の精神を求めぬく、数多くの人に受け継がれていくものなのか

    鎌倉時代より現代に至るまで、人々の生活形態が大きく変わるなかで、信心即生活の実践をしているのは
    やはり創価学会かな、と。

    日蓮大聖人は究極の南無妙法蓮華経をあらわされたのに、それ以外に何か奥義でもあるかのような、
    それは法主上人が握っているみたいな、法主絶対みたいな信仰は、私はしたいとは思いません。

    誤解を恐れず言いますと、池田名誉会長も人間ですから、迷うこともあるでしょうし、失言だってあるでしょう。
    ごく自然といいますか、当たり前のことだと思います。人間ですから。

    法主も人間ですから、同様だと思うのですが、おそらくはISHIPOTEさんはじめ、法華講員さんは
    法主は間違えなど絶対しない、と思っているのでしょうね。

    ここまでいうと、ISHIPOTEさんには毒気深入、増上慢の極み、はたまた一闡提(字、これであってましたっけ?)だとか言われてしまいそうですが(笑)

    まあ、私はこれからも創価学会の活動を通じて、大小の信仰体験を積みながら
    生涯貫いていこうと思っております。

    あ、それからISHIPOTEさんにひとつ、生死に迷う云々いってましたが、私は迷ってませんよ
    生命は永遠ですから。

    ブログ主様、また他記事もぼちぼち観させて頂きます

    ありがとうございました。

    • MonLinGen

      あおと丸さんへ

      こんにちは。
      お疲れ様でした。

      Ishipoteさんと言うか、彼の所属する宗門・法華講と、我々の所属する創価学会は、信仰の基本・哲学が全く相違しているようです。

      彼等は「仏界」の意味もさっぱり理解出来ていません。
      「御本尊」にしても、「物理的」な意味での御本尊絶対主義の、そんな組織や個人の集まりのように感じました。
      「唯受一人の血脈」も、彼等にとっては固定的な絶対主義なんだろうと言えます。
      そもそも論として、彼等全員「古文」絶対至上主義でもある様です…。

      そういうことを考え合わせてみると、創価学会の日蓮仏法の「現代的解釈」は凄いの一言だと言えます。
      鎌倉期に書かれた日蓮仏法を、現代流噛み下しで全世界に大聖人の教えが広がっているのですからね…。

      私も極々微小ながらも、何とかその広宣流布のお手伝いでも出来れば、などと考えています…(‘-‘*)

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