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さてはてメモ帳…What are you thinking

この世の中には、学会を無闇矢鱈批判し続けているブログやサイトが、文字通り銀河群の恒星の数ほども存在してます。そして、その中には「超異常執着的」な内容のものも、これまた同じく多いことも…。

生物の出生時での心身共の異常性の有り無し、は「確率」によると言う事は生物学での常識です。
人間もその確率の束縛からは逃れられません。
天才的な人間もコンマ数%の割合で生まれますし、同時に本当に異常な人間も同じほどの率で出生します。

以下に紹介するブログの彼(女)の場合も、その出生確率の証拠だと言えそうに思えます。しかし彼は「天才」の部類では全くなく、「異常性格」のグループに入るものではありますが…。
で、彼の異常性の行動パターンは、これでもか!!と言う程の創価学会批判記事のコピペの数です。

 さてはてメモ帳 Imagine&Think!…池田語録

 「旧聞ですが」のお言葉から始まる当池田語録。
紹介するのは、ブログのほんの、ほんの極々一部のお言葉の数々ですが、少しでも楽しんで頂ければこれ幸いとします。

〇   〇   〇

「私が教わったのは帝王学だ。私は最高権力者になる。そのときには創価学会を解散してもいい」『現代』」 昭和45年7月号
「学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」昭和46年7月8日
「68万坪に独立国を作ろう。創価王国、創価共和国だな。そうすれば文部大臣は森田さん。大蔵大臣、中西さん。外務大臣、小島さん。軍需大臣、木村。運輸大臣田中。建設大臣、杉本。宣伝大臣横松。北条さんは警視総監、全部いるよ」 昭和46年7月20日 

注釈などは彼(女)のこれらの記事には特に必要ないとも思いますが、でもこれだけだと余りにも殺風景に感じますので、よってMonLinGenの個人的な「感想」などを彼の記事の後にそっと差し挟んでおきます。

ブログ主は、「池田先生の言葉」と言う紹介で楽しげにこれらの話を載せています。
学会批判記事のよくある「構図」です。

上のものもまたこれ以下のものも全てに関して前後の言葉が何も書かれていませんし、また何処で「誰が」これらの言葉を発したのかの証拠も何も書かれていません。ブログ主が本気でこれらの言葉の真偽を自身の手で調査し、そしてブログ記事にしたと言うその証拠も勿論示されてはいません。
と言う事は、これらの抜粋記事は全て何の根拠もない意味不明の陰謀論的話でしかないと言う事になります。

「 本当は 全体主義は一番理想の形態だ」 昭和47年 6月15日
「口八丁。手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためなら皆な謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心を守るため、学会を守るためだ」 昭和51年6月1日
「戸田先生が事業で失敗し、刑事事件になりかけたところ、某新聞社の記者がかぎつけて書こうとした、書かれるとおしまいだというので、私が記者に会ってもみ消した。金で買収したのだ」 昭和51年8月

 これらの言葉の最後に「…と言う事を聞いた学会退転者の話」と言う言葉を付け加えてみると、ブログの「異常or正常」の明暗がはっきり見えてきます。
簡単に言うと、これらの記事全ては学会批判者が提出した「退転者の体験手記」だと言えるのです。
こんなものを読んで喜ぶのは、トランプ元大統領か若しくは学会批判者だけだと言えそうですが…。

退転者は退転者なりの理屈もあるでしょう。
しかし問題を起こし居れなくなって離れたその組織や人間に対しては、どんな出来た人間でも「褒め言葉」を贈ろうとは考えられません。
その退転者は、当組織に対して手一杯の「悪いイメージ」を植え付けようと努力を重ねるのは当然の事です。若しかしてその手の異常性格者は、学会批判行動そのものに関して自分の生き甲斐を見つけているのかも知れません…。

加えて言うと、自分の新たに属した批判者組織に対して、自分的にも「やってる感」を出したいという気持ちが出てくるのも人の常。その上で学会に対して、更に更に真偽は問題ではなく、悪いイメージだけを与え続けたくなるも、まあ気持ちは理解できそうだと言えます。
それが新入り学会批判者としての「お仕事」なんだとも想像できますね。

素直にそう考えてみると、何故この世にこれだけ大量の学会批判が存在するのかもはっきり見えてきます。

 「天下を取れることが少し私には見えて来た。天下を取らない党なら、やる必要はない。私がひかえているから心配するな」 「今まで 創価学会をいじめた者を今からやる。」 昭和51年11月16日

 これは、この文言そのものではありませんが、この様な内容のスピーチを私も聞いた覚えはありますが、これとても前後のスピーチの内容を記していない訳で、これだけを取り上げてみても何の意味も伝わりません。

これは確か、学会を虐めた組織や学会批判者に対して、我々学会員は近い将来彼等に必ず信心で勝つのだ、と言う先生の意思表明だったと記憶しています。
この言葉を出すのであれば、その手前の話も付け加えないと、結局学会批判者は「切り貼り文」でしか批判の出来ない、情け無い連中の集まりなんだとしか見られないことになりますが…批判者の皆さんどう感じられますか?

 「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。やられたらやり返せ。世間などなんだ!なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略) 反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ!」 平成元年3月12日
「創価学会は俺そのものだ。私が創価学会の魂だ。お前たちは、私の全財産を ただ預かっているに過ぎないのだから、『一時お預かりいたします 』という一札を書くべきだ 。また、私を“永遠の師”と仰いでいく、ということも、誓約したらどうか」 昭和54年5月 

こう言う切り貼り文を考えた人間にとって、自分の作った批判文がこんな感じで「要拡散」されていること自体、全身震えが止まらないほどの快感を覚えているのかも知れません。
しかし、こんな情け無い言葉の切り貼りの数々の作業などやめて、もっと社会の良質の仕事の方にエネルギーを向ける事が出来ないものなのでしょうか。
まあ、ブログでもスパム系を送り続けて愉悦感を感じる人間も多々存在しているのも現実。そう言う類いの連中も、下らないお仕事にしか自分の達成感を感じることが出来ない種類の人間なのでしょうね……。

「ある学者が言うには、男の健康には処女の入った後の風呂がいいらしい」幹部との懇談で

その幹部の名前が記されていません。
想像するに、蓋を開けてみればその幹部さんは退転者だったという「落ち」なんでしょうか?

 「もう、いいたくないけど、いったほうがいいっていわれてね(笑い)。そんなことね、もう、ね。 たかが財務のこと 、どうかさ。初めての動きかー(笑い)、ずるいから、みんな。ジュンコちゃんとか。それ。みんな。ずるいことやんねえんだよ」 平成4年11月14日  SGI創価学会インターナショナル総会
「本門戒壇・板本尊が何だ!寛尊は『信心の中にしか本尊はない』と。ただの物です! 」 平成5年 9月7日
「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。」 平成5年 1月25日

上の二つのスピーチは、先生がよくされるユーモアの一つです。
しかしこれもその前の文章が完全に隠されています。その隠蔽された話をここに追加すると、この話全体の雰囲気は全く別のものとして蘇(よみがえ)るはずですが。
ブログ主さん、そう言う手間が大事なんですよ……って、あ、無理難題な話か。

〇   〇   〇

「私は世界に出ていって評価を高めるんですから、日本では何をいわれてもいいんです。 証人喚問だってなんともないんです。だって私は、何も悪いことしていないんだから」 平成6年 9月14日

ブログ主さんは期せずしてこんな先生の言葉をコピペしています。
先生のこの言葉をどう言う意味に取るかによって、普通の学会員か学会批判者かの差が出てきます。

学会は草創期以来様々に批判されてきました。
確かに個人的に考えてもこれはちょっと、と言う話もいくつかは聞いたり見たりもしましたけども、しかし長い目で見れば創価学会と言う宗教組織は、社会性においても宗教的現実を考えても正しい組織だと断言できます。

オウム真理教や統一教会、更にはヤマギシ会等を考えて見て、これだけ現在の日本社会、否(いな)世界にも認められ続けている宗教組織は他にはないはずです。
本気で平等な、そしてクリアな気持ちで創価学会と言う組織を調査してみればこの事は理解出来る事なのですが、その「本気」の意味を理解できない人間がいかに多いか…。

若し現実の学会の「」と言うものが存在すると主張するのであれば、それ等の「明確な証拠」を出して、そして批判すべきです。
誰かから聞いた話」などではなくね…。


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