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頑固一徹・創〇学会の執拗さ

旦那が3世?で小さい頃から創〇学会に入っていますが、全く活動をしていません。義母が熱心な学会員です。選挙が近づき創〇学会の人達が何日かおきに公〇党のパンフレットを持って家に来ます。
もう選挙が近付くたびに憂鬱。何回も、創〇学会ですけど(どや顔)ってパンフレットもってきやがって!しつけーよ!腹立って胃液が逆流を起こすわ。
同じような方いますか?

こんな書き込みで同盟者さんを求めたスレを見つけました。
特に何処にでもある様な内容のものなんですが、面白げなので少しコピペしてみたいと思います。

Mamasta…選挙前の創〇学会のしつこさについて(2012.12.2記事)

創価学会批判は数々あれど、「しつこさについて」の同意を求めるこんな記事はちょっと珍しいかな…?

〇   〇   〇

友達がそう。
講演会や新聞、話だけでも~って親子でくる。しつこいから電話してきてもシカトしてる。
もう1人の友達も創価だけど、そんなことは一切話してこない。てか熱心じゃない。
あんな必死になって公明党に入れろって…洗脳されてるのかな…うちも期日前投票にかり出される予定です

〇〇(宗教でも新聞啓蒙でも)を宣伝」する事が「洗脳」に直接結び付くのであれば、TVや映画のPRなんかも「洗脳」の宝庫です。
ウチの地区は北海道新聞が盛んで、たまに家に「新聞とって下さい」と来ますけど、彼もまた「洗脳者」なんでしょうか(‘-‘*)
世の中至る所に「洗脳者」が……。

みなさんの周りにもしつこい学会員がいるんですね。本当にどうにかならないかと思います。確かにどの宗教を信仰するかは個人の自由ですが、それを他人に強要するのはどうかと思います。(略)今日もまた公明党のパンフレットを持って来ました。もう4回目です。
私の地元や旧姓を聞いてきたり何がしたいのか気持ちが悪くてたまりません。バカじゃないんだから1回で分かるわ!と言いたくなりましたが、みなさんのコメントのようにはいはいと聞き流しました。早く選挙が終わる事を祈るばかりです

彼女たちの話すこう言う「学会のしつこさ」に関して個人的には、確かに同情の余地も感じはします。
私も学会員とは言え、政治活動に対しては特に思い入れは感じていない人間ですので、自分がそれを受ける立場になったことを想像すれば、明らかにかなりな鬱陶しさは感じるだろうとは想像します。

でもしかし…。
政治って自分自身の生活にとってとても大事なものだと言えます。
例えば「コロナ禍対策」一つをとってみても、政治家の動向が我々の健康、下手をすれば生死に関わる問題に直結しているとも言えますから、目に見えないように感じる政治もやはり自分達が主体性を持って関わることは大事な事だと考えますが、どうでしょう?

彼女たちは公明党を毛嫌いしています。それはそれで個人の勝手ですが、でなければ公明党以外の自分達の生活を守って貰える政治家、政治政党を選んでいく活動も必要なのではないでしょうか。
公明党が嫌なら共産党なんかは良いのではと思います。
個人的な意見であるこう言うスレッド等も完全に弾圧される独裁体制の中国や北朝鮮のような国の政治がお好みであれば、ですが……(‘-‘*)

創価の人って選挙前かなり必死だよね!普段全く関わりないのに選挙となると家まで押し掛けてきて〇〇さんに一票お願いしますみたいなね…こっちも、興味ないし話しも早く終えたいからわかりましたって言って適当に流すけどね実際に公明党にはいれないし
私も三世。うちの場合はグリーで仲良くなった人が勝手にうちの近くの学会員と連絡とったみたいで、いきなりうちに来た。 このトピをしつこい学会員に見せてやりたいわ

入れる・入れないは当人の御勝手ですし、そもそも論として学会員の選挙支援も、頼んだ人が頼んだ候補者を入れる・入れない等に関しても、大した執着を持ってはいません。
問題は、信心を核としたそれらの話をその人に出来たかどうかなのです。勿論その人が本気で聞いたかどうかも余り関係のない話なのです。
要するに、その人の仏界に自分の話が届くか届かないかの話なのです。
あ、これは門外秘のことですので誰にも話さないようにお願いしますね。

毎回疑問だわ、書くところを監視できるわけでもないのに、電話したり連れ出したりお礼の電話したり……、無駄な行動多いよね
創価の人に公明党勧められて、付き合いだから入れたよって人に会ったこと無い。大体、もちろん入れなかったけどね~って言ってるよ
創価の信者もそろそろ、公明党の政策の印象良くても、自分達のせいで頑なに公明党に入れない人がかなり増えていることに気付いた方がいいよね

この三つの話はその上のものとリンクしています。
この事実は大体の学会員はしっかり理解していることです。
上でも説明しましたが、創価学会員にとっての選挙応援とは、あくまでも信心の中の極一部の活動なのです。

ご近所さんには、自分が創価で選挙になると(幹部がうちにきたついでに頼みに行くから)迷惑掛けますって話してるし、選挙頼んだ人を聞かれたら、全く頼んでないけどお願いしたことにして、ご近所さんに訪問させないようにしてる

こう言う曲乗り的な非学会員さんの行動も、意外に他にも例はある様な気もします。
騙し合い」という感じなんでしょうか…。
でも、この事も彼女はその学会員さんを騙しているように感じているんでしょうけど、さて仏法上から見ると…。

それに加えうちの近所では障害を持った人や不慮の事故等で身体が不自由になった人がいる家庭の入信率高い
たしかに。やっぱり悩みを抱えてる人って宗教にのめり込みやすいのかもね。
私の友達も子供が障害あって同じ障害持ってる創価のママにあうたび誘われるって。
私は親が亡くなったときに創価とエ〇バしてる知人にこれでもかってぐらい慰められてお話聞きに行こうってうんと誘われた

選挙応援批判から、何となくの宗教批判になっちゃったような感じですが、これもある意味都市伝説の類いのお話。
でも、彼女たちは自分でも無意識のままに、宗教と言うものは「不幸な人を救う」ものだと話しています。これは確かの真実のお話です。

しかし真実が故の、その「真実なる宗教」というものが余りにも少ないことを嘆く人間の、その人数の少なさの真実です。
戸田先生は、何故創価学会が批判されるのかと言う質問に対してこう話されたことを思い出します…。

真実の宗教故に、だから批判されるのだ」(要旨)

見かけの派手なモノだけに惹かれてしまう世の人々。
地味だけれども真実そのものを受け入れることの更に少ない事の、その真実。
なかなか哲学的な話になりそうですね……。

何かにとりつかれたように熱心過ぎて怖いわ
3世です。
今日も会合に行ってきた。なにあの盛り上がり。ほんとに気持ち悪い

オリンピックや他の競技も結構な盛り上がりが見えますが、そう言うモノは気持ち悪くないんですね。
まあ、趣味の問題なんでしょうか。

池田大作なんて朝鮮系の人間なのに、信者は何もわかってない。
無償で選挙のお願いや、新聞の勧誘やってばかみたい。
公明は外国人参政権を推進していると、創価信者に一喝したら選挙の電話来なくなったよ

ん…。何も分からない人は、あなたご自身なんですが、そんな声もただ空しく都会の空に響くだけです。
何故池田大作朝鮮人説がこれほど大っぴらに、そして無批判に世に広まっているのでしょうか?
Googleで「池田大作」をググれば、数秒も待たずに何十万件もの記事が出てきます。
彼女たちはこのトピでこれだけの「お話」を書きに書きまくっている割には、Google検索も何も出来ない人達なんですね。
ちょいと可哀想にも感じてきました。

〇   〇   〇

私は学会員だけど、頼まないし入れない。
きちんと政策やらを聞いて学会とか関係なく考えて投票する。と学会員に伝えたら距離置かれたww
だって政治は政治でしょ。本当そんな必死なのが嫌

この学会員の彼女の話は、重要なある真実を伝えています。
確かに学会員の中には「純公明党一本槍」の人もいることは確かです。
そう言う人は「自分で考えて自分で選ぶ」と言う行動をする部員さんを無遠慮に非難する人の様です。

しかし、池田先生はそんな教条的な人間を無くすために様々な話をし続けているのですけど、そんな頑固一徹の人にとっては先生の話も入ってこないようですね。
でもこれは、上に挙げた様々な学会・公明党批判者さん達と何となくの同類じゃないかとも言えそうですが、気のせいでしょうか……。


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20件のコメント

  1. 大岡誠人

    宗教活動と地元の新聞や映画等のPRは全く別物です
    宗教活動者は洗脳されていると言われても仕方ないですね
    地元の新聞や映画等のPR活動をしている人達はあくまで仕事やビジネスをしているので洗脳されているわけではありません

    • MonLinGen

      大岡誠人さんへ

      こんにちは。
      私の言いたいことを、少々曲解して捉えてしまったようですね。
      私は、宗教活動と新聞等の啓蒙の仕事を全く同じだとは話していません。あくまで一つの例え話として出しただけのことです。
      もう一度記事をしっかり読んで頂ければ、理解出来るはずです。

      さてあなたは、宗教者は「被洗脳者」だと話します。これは全くの間違いです。
      あなたは「宗教」「信心」と言うものに対しての完全な勘違いをしています。
      でなければ、全くの無知ですね…。

      信仰というものは、日本人一般に信じられているような甘ったれたいい加減なものではありませんよ。
      若しいい加減なものなら、「殉教」という言葉が生まれるわけはありません。
      殉教とは、自身の信じる教え、哲学、信仰に対して自身の命をも賭けられるその気持ちのことを言います。
      自分の命との引き替えに出来る人が、この日本にさて一体どれだけいるでしょう?

      あなたは宗教、そして信仰というものの知識を、本気で勉強すべきです。
      その後、こう言うブログに対しての意見を話すべきです。

      若し本気でこの事を話し合う気があれば、いつでもしっかり相手をします。
      あなたが若し、本気の場合ですけどね。

  2. 大岡誠人

    私の言いたいことを、少々曲解して捉えてしまったようですね。

    そうでしょうか?
    もう一度読みましたがそう捉えられてもおかしくない文面だと思いますが?
    それと私は宗教者は洗脳者などと断定はしていません。
    あくまでも一般世間の客観的な見方としては学会員は洗脳されているというのが一般的な認識だという事です。

    それと貴方様が仰る「殉教」というのはずいぶんと堅苦しく息が詰まりそうな「盲信」という事ですかね?
    そんなに甘いもんじゃない→それはそれで結構ですが何と言うか全然楽しくない世界ですね
    学会が若い世代からそっぽを向かれ始めている理由が分かる気がします。

    • MonLinGen

      大岡さんへ

      返事が若干遅れて申し訳ありませんでした。

      …あなたの意見は了解しました。
      あなたは、宗教者は被洗洗脳者だとは考えておられない。しかし、世間一般の人はそう考えている。
      また、殉教=盲信、とあなたは考えている。
      この二つの意見は、あなたの考えとして受け取りました。

      宗教は洗脳だという意見に関して、世間一般の人の定義は難しいものがあるとは思いますが、現在の日本人一般の考え方としては、あなたのその見方は正しいと私も思います。
      それが良いか悪いかは別の問題なので、ここでは話しません。

      「殉教」に関しての話、これは私の「例え話」として出しただけなんですけど、あなたはしっかりと捉えてくれて、更にその問題を現代の若者にまで敷衍して頂きました。
      ありがとうございます。

      さて、私の意見を話します。
      あなたは宗教と言うものをさっぱりご存じありません。故に、「信仰心」という話になると全くの知識もお持ちではないようです。
      この事に関しては、あなたも現在の日本人一般の考え方と軌を一にしているようですね。
      すると、ここであなたに宗教と言うものに関しての私の考え方を開陳すること自体が、何だか無駄のように感じて来ます。

      これは要するに、あなたを含めた日本人一般の宗教に対する「偏見感」が取り除けないわけですので、あなた自身が本気の本気でないと私の話に聞く耳を持ち得ない…そう考えざるを得ない訳です。

      これは私が、この話から逃げているのでも誤魔化している訳でもありません。
      対話はお互いの信頼関係を基本に成り立つものです。
      あなたがその「宗教的偏見」を持ち続けている限りは、全ての努力が無駄に終わる可能性が高いのです。

      簡単話すと、あなたは必ずこのブログから時期は兎も角、必ず逃げます。これははっきりと断言できます。

      私は十数人の人と「宗教対話」をこのブログで行ってきました。
      そして結果は、9割9分の人間が対話途中でいなくなりました。それも、何も言わずにです…。
      つい最近も法華講の人と対話をしていましたけど、その人も理由も告げずに梨の礫になってしまいました。
      いい加減な気持ちだったのか、或いは途中で興味を失ったか…なんでしょうか。

      あなたもそんな感じに見えます。
      で、私の希望ですけど、あなたはあなたで別の「その手」の学会批判ブログ系でコメントでも出せば、喜んでくれると思いますよ。
      …如何?

      しかしそうは言っても、あなたが「本気の本気」でこの話を続けるつもりであれば、別記事(部屋)を作成したいと考えています。
      私はこのブログの管理者ですので、逃げようがないわけです。

      返事をお願いします。
      「ここでやめる」、又は「対話を続ける(しかし、途中逃避は決してしない)」の二者択一ですが、好きな方をお選び下さい。
      よろしくお願いします。

  3. 大岡誠人

    九分九厘が途中対話で居なくなったのですね?
    貴方様の言い分としてはそれは居なくなった相手方に全て非があるので有ってまるで貴方様には一切原因が無い様な随分上から目線の随分と傲慢な言い方に聞こえますね。
    信仰というものがさっぱり分かってない?
    では貴方様は分かっておられるのですか?
    それにそもそも私自身は学会員であり別にアンチではありません。
    対話は続けますよ。

    • MonLinGen

      大岡さんへ

      あなたは、私との今の対話を自分からは決して投げ出さないのだとここで「決意表明」をされたものと、私は解釈しました。
      了解しました。

      では、私も仕事や私生活を持っている身ですので、若干のお時間を頂きたいと思います。
      一応の予定として、9月6日(月)の昼の12時にあなたとの対話部屋を解放します。
      それまでお待ち下さい。

  4. ライス給食ちょうかw

    「真実の宗教故に、だから批判されるのだ」

    え?だからそれが真実の宗教理由?
    オウム真理教も批判されましたよね。真実の宗教だったということ?

    • MonLinGen

      ライスさんへ

      「真実故に批判される」とは、創価学会第二代会長戸田城聖氏言葉になります。
      ご存じだとは思いますが、一応断っておきますね。

      さて、あなたはこの言葉に疑問をお持ちです。
      2つの実例を挙げて、この言葉の意味を説明してみます。

      第一は、アルベルト・アインシュタインは「相対性理論」の発想・構築者です。
      この物理理論はニュートンの古典力学の根底をひっくり返したものです。
      要するに、現時点では「宇宙の真実」の一つなのです。
      現在の世の中でこの理論を間違っているという人は、ほぼ皆無です。

      しかし、20世紀初頭には、アインシュタインに対しての批判がかなり出ていたという事実があります。
      要するに、古典物理学の守旧派にとってはこんな理屈は到底信じられないものだったのです。
      しかし、今現在のアインシュタインに対する評価は…?

      第二は、かなり時代を遡りますけど、ローマ帝政初期にユリウス・カエサルと言う人がいました。
      彼はローマ共和制の限界を唯一知り尽くした人でしたが、元老院の陰謀で結局暗殺されました。
      「プルータス、お前もか」
      の言葉を聞いたことがあるとは思いますが、アレです。

      カエサルは結果的にローマ共和制を潰して帝政に移行させた人間ですし、更にはヨーロッパの基礎を構築した人間なのです。
      彼がいなかったなら今のヨーロッパの状況はかなり違ったものになったはずなのです。

      ローマ共和国当時の元老院とは、ローマの行動全てを動かしていた組織です。
      カエサルはその元老院から批判どころか、結局暗殺されてしまったわけです。

      さて、今のヨーロッパで「44.3.15」の意味を知らない人はいません。
      この数字が何を意味しているか判りますか?

      紀元前44年3月15日にユリウス・カエサル暗殺さる、です。

      つまりカエサルの存在は、当時から比べて180度の評価の変化をしたわけなのです。
      これも守旧派から見た「真実」への批判という意味に取れます。

      さて、この二つの物語は歴史の真実です。
      若しこれらの事柄を本気で調べようとするだけでも、多分1~2年は必要です。
      つまり、ローマ帝国の興亡史、ヨーロッパ近代・現代史等の調査、そしてアインシュタインの伝記、及び相対性理論の概略等の調査…の期間です。

      私のこの話を否定することも結構ですが、批判するのであればそれなりの「論理的批判」を行うべきです。
      「オウム真理教云々…」などと言う与太話など出すべきではありません。

      以後、勉強するなり何なりどうぞ御随に…。

  5. ライス給食長官

    あなたの言ってることは自然科学と人文価値を混同して語っていて説得力にかけます。
    牧口会長の創価教育学で言えば真理と価値を混同している。

    まず相対性理論ですが、それを実際の物理に当てはめて実験観察を繰り返すことで、真実であると普遍的了解を得たものです。
    これは宇宙の真理です。アインシュタインはそれを発見した訳です。

    で、戸田会長の言う「真理故に批判される」の真実って何のことですか?まずその真実を解説してください。
    相対性理論のように実験観察を繰り返すことで観察者全員の納得了解を得ることができるものですか?

    次にユリウスカエサルですが、これって人への価値評価ですよね。自然科学と同じような百人いたら百人同じ認識するものではなく、百人様の評価を与えるものです。人物評価は創価教育学では「真理」では「価値」です。真実云々で当てはめることではありません。

    批判されるから真実だと思っているのなら、戸田会長が批判していた他宗教も真実だと言う話になる。
    私のこの話を否定することも結構ですが、批判するのであればそれなりの「論理的批判」を行うべきです。
    「真実故に批判される…」などと言う与太話など出すべきではありません。

    以後、勉強するなり何なりどうぞ御随に…。

    • MonLinGen

      ライスさんへ

      久々面白い人が来ました。
      成る程と思わせる理屈をお持ちです。

      私の話したことは一つの例え話で、その二つの話のエキスを戸田先生のお話に演繹してほしかっただけなんですが、お互い思考に若干のズレがありましたね。

      ストレートにお話しします。

      牧口初代会長は日蓮仏法の功徳の出現の事を、「方程式」だと断言されました。
      方程式とは、ある事を真面目にやり続けると以後必ずこう言う結果になる、と言う例えです。
      つまり日蓮仏法での修行の仕方として「題目をあげる=自分の願いが叶う」と言う事です。
      非常に簡単な言葉ですが、これは真実です。
      で、この真実が周りの宗教無知な人々、更には平安仏教保守派の人間にとっては全くもって信じることが出来なかったわけで、牧口・戸田両先生の話に対しての批判が囂々とわき上がったわけです。

      これが「真実の話故に、批判が盛んになる」と言う話の趣旨です。
      この事は「真実」ですので、あなたがどう考えようとも関係はありません。
      若しこの真実の話を本気で批判しようと思った場合、日蓮仏法を10年程必死の思いでやってみることです。
      結果は、あなたが体感することになります。

      多分理解は出来ないと思いますけど、これは誤魔化しの話でもウソの話でも何でもないのです。
      重要なことなのでもう一度話しますが、この真実の話を否定するにはそれなりの行動とその結果が必要になります。
      あなたにその経験がありますか…?
      あればその体験談をお聞かせ下さい。
      私の信仰体験は当ブログにいやという程書き綴っていますので、若し疑問があればその記事を読んで下さい。

      よろしくお願いします。

  6. ピンバック:楽しみは、チョイとお預け… | MonLinGen

  7. MonLinGen

    大岡さんへ

    9月6日11時59分を持ってここでの対話を終了し、で対話部屋「大岡誠人氏との対話部屋(2021.9.31~)」→同日12時投稿記事にて再開します。
    よろしくお願いします

  8. ピンバック:大岡誠人氏との対話部屋(2021.9.1~) | MonLinGen

  9. MonLinGen

    ライスさんへ

    最後の私のコメントから(9/5~)一週間を過ぎました。
    貴方からの私に対する返信、反論がないと言うことは、貴方は私の主張を全面的に肯定してくれたという事だと解釈します。

    ありがとうございます。
    又、更に何かご意見がありましたら、コメントなどを…。

  10. ピンバック:「世界の警察」-アメリカと中国の対比 | MonLinGen

  11. ライス給食長官

    お久しぶりです。

    >最後の私のコメントから(9/5~)一週間を過ぎました。
    貴方からの私に対する返信、反論がないと言うことは、貴方は私の主張を全面的に肯定してくれたという事だと解釈します。

    返信は一週間以内にしなければならないルールがあるのですか?
    一般的な知人同士ならそれくらい以内のやりとりが好ましいでしょうが、私とあなたは別に個人的な付き合いがあるわけでもないし、同僚同士の業務連絡をしている訳でもありません。
    インターネット上の同一サイトを頻繁に見る人もいれば見ない人もいます。個人間で繋がっていないのですから、頻繁に見るものでもないのが一般的ではないでしょうか。
    私の知人でもLINEなどのやり取りの返事が数週間後に来る人もいますが、私は相手に早く返信してと催促したことはありません。

    あなたが早く返信することを、このコメント欄に書き込むことを強要すると、しんどさを感じてコメントをする人が減るのではないでしょうか。
    どんな人も気楽に書き込め、活発な議論を展開させるには、長く気楽な気持ちでブログ運営をしていただけたら良いのではないかと思います。

    • MonLinGen

      ライスさんへ

      私はコメント送付者に対しては、自身の最大限の気持ちで、常に真剣にそのコメントに対して返事を書いています。
      それがどんなに下らない中傷文章だとしても、その中傷の瑕疵を理論的に論駁すべく返信を送ってもいます。
      これがが相手の仏界を見続け、そして尊重していくと言う、私MonLinGen流の在り方、方法なのです。

      「一週間の期限」が気に入らない、とのお話。
      この一週間期限とは要するに、どんな用事があろうともPCを起動してMonLinGenブログを立ち上げ、そしてコメントを書くという行為は、昔のENIACじゃあるまいし数分の時間で住むはずです。
      当ブログはPCでなくてもスマホでも表示が可能ですので、特にコメント送付に関しては問題はないと考えています。

      で、そのコメント送付に関してですが、私は「返信コメント」を強要しているわけではありません。
      これは「対話」にも数回記していますが(読んではないようですが…)、「面倒いから終わりたい」、「仕事なので数週間待って」でも何でもいいのです。簡単な「一言」を送って頂ければ、こちらとしてもそれなりの気持ちで待てるわけですよ。
      兎に角「対話」を続ける気があるのであれば、相手に対しての礼儀というものを失すべきではないと考えますが、どう思われます?

      貴方は「個人的な付き合いがないので、特に期限は設けるべきではない」と話されます。
      しかし私からすると、赤の他人だからこそ相手に対しての礼儀はしっかりと尽くすべきだと考えています。
      私はそのつもりでこのブログを真剣に運営しているのです。

      例え小さな「対話」だとしても、いつ返信が来るのかさっぱり判らない状態でそれを続けるだけのヒマ人では、私はありません。
      貴方は、自身のコメントに対して相手からの返信を、数週間でも数ヶ月でものんびり待てる奇特な方でしょうけども、私は仕事もしていますし、趣味も色々持っているし、また家庭も持っています。
      たった一人のそんないい加減なコメントに対して、それだけの気長に待ち続けるというそんな極楽な感覚は持ち合わせていないのです。

      「気楽なブログ運営」と、「真剣なブログ運営」とは自ずと本質が違うと言うことを想像すべきですが、如何?

  12. ライス給食長官

    >牧口初代会長は日蓮仏法の功徳の出現の事を、「方程式」だと断言されました。
    方程式とは、ある事を真面目にやり続けると以後必ずこう言う結果になる、と言う例えです。
    つまり日蓮仏法での修行の仕方として「題目をあげる=自分の願いが叶う」と言う事です。
    非常に簡単な言葉ですが、これは真実です。
    で、この真実が周りの宗教無知な人々、更には平安仏教保守派の人間にとっては全くもって信じることが出来なかったわけで、牧口・戸田両先生の話に対しての批判が囂々とわき上がったわけです。

    創価学会批判の論点はそこではないでしょ。
    願いが叶うか叶わないかの批判ではなく、本部の組織運営のあり方、そして本部の教えの影響を受けた会員の人としての態度や考えに批判があるのです。
    自分のエゴに凝り固まって、エゴを満たすために無関係な人を利用しているところです。
    人のためだと言いながら、実は自分が創価学会の中で学会員として認められたい、立派な会員だと自分自身思いたい、会員仲間に思われたい。そうすれば自分が価値のある人間だと思えて安心するからです。
    実のところ多くの宗教信者の本質はそこなのです。脆弱な自我を、世間的に権威を持ち普遍されている宗教を依り所にすることで安心を得たいのです。その安心を得るためには、信仰している宗教の教えを実践しなけれなりません。
    その教えを実践している私は素晴らしいと安心できるのです。
    創価学会の実践のひとつは折伏です。自分の自我を満足させるために折伏するのです。あなたのためよと言いながら、実はそんなことは二の次三の次で、立派なことやってる私は創価学会員としてスゴい❗人間的にスゴいわ!と思えるからやっている。プラス、折伏すると功徳がある、功徳をもらいたいという欲望を満たすために折伏しているのです。
    もちろん会員のなかには全くの無私で純粋に相手のことを思い実践されている方もいます。しかし多くはありません。
    世間はそういう会員の態度、あり方に不信や嫌悪を感じています。
    そりゃそうです。どんな環境だろうと自分のことしか考えない、自分が一番正しい、自分が一番正しいだからあなたは間違っている、だからあなたの言うことは聞かない。そんな人はどこでも嫌われます。
    だから批判されるのです。

    自我を満足させるには自分の信仰しているのが正しいと思わなければならない訳で、そのために自我は間違った宗教を必要とします。日蓮や創価学会は多くの宗教をほとんど論理的根拠もデータもなく批判してきました。
    それは自我そうしないと安心できなかったからです。
    当然批判された宗教は、間違っている点があれば反論をします。その反論に対して「批判されたー真実の宗教故に、だから批判されるのだ」と戸田会長は言ってるようにしか聞こえません。
    批判されるなら、その批判を論理的に説明をして、批判から納得に変えさせるのが会長の役目ではないでしょうか。

  13. MonLinGen

    ライスさんへ

    二つの実例を挙げて貴方の論点の瑕疵を指摘します。

    1, 私は絵の趣味を持っています。所謂デジタル画ですが、アナログ絵と基本とするところは同じものです。
    絵が上手くなる唯一の方法は、ただ描きまくることです。何も考えずにただ只管です。
    線の一本の練習も、また絵の歴史の勉強もしたことのない人間に、絵の云々は出来ません。
    当然ですよね…。

    2, 神道夢想流杖術を十数年やっています。
    その技の中で「引き落とし打ち」があります。
    引き落とし打ちの技を「自分のもの」にするためには、十数年かかるのです。
    この大変さは、練習したことのない人間には理解不能のことです。

    この二つの例は、「基本」のことを言っています。
    創価学会の基本は「信心の体験」です。
    これは、基本的には「初心の功徳」として普通の学会員であれば誰でも経験しているものです。

    …さて、貴方は初心の功徳なり普通の信心の功徳の経験を持っていますか?

    信仰功徳の経験があれば、貴方は貴方の綴ったような内容の話は決して書けないはずです。
    若し信仰体験を貴方が持っていないとなれば、貴方は、ただ只管「知らないこと」に対して批判中傷しているだけだと言えます。

    貴方のような何も知らないことに関して色々中傷を書いているブログは、世にゴマント存在しています。
    当MonLinGenはそんなブログの記事の間違いを理論的に批判している、そんなヤクザなブログです。
    貴方は彼等学会批判と同様の話を、このコメント欄で繰り返しているだけだと言う事に気付くべきです。

    さて、重要な話を繰り返してみます。
    貴方は、一度も描いたことのない一枚の絵を、知ったか振りに論評しています。
    貴方は、引き落とし技の一本も振ったことのない癖に、「古流の型」の批判をあれこれやっています。
    そして更には、自分では全く信仰体験も無いくせに、学会の活動を中傷・批判しています。
    貴方は、自分でこの事を理解していますか…?

    「題目で自分の願いが叶う」とは、これは間違いのない「信心の方程式」なのです。
    これは貴方がどんなに屁理屈を捏ねようと何を考えようとも、何も変わらない「真実」なのです。

    貴方にそれでもまだ対話の意志があるのであれば、場所を変えてしっかり話し合いを続けますが、如何ですか?
    その場合は、一週間期限は守って貰います。
    でなければ貴方だけのコメントは、数ヶ月ほど放置することにもなりますが…。

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